第一章8 長門
『神器にもそれぞれ個性がある。各々に行動方針があるのだ。私のように至らぬ若い神格を育てようとする者もいれば、そやつのように神器として力は貸すが個人として関わりを持とうとしない者もいる。十人十色という言葉は我々にも当てはまるのだ。だからそう落ち込む事は無いぞ』
「……ありがとうございます」
宗一がアマ公に慰められている。しおらしい宗一を見るのは何だかとても珍しく、晴天に雷光が走る様を見上げている気分だ。
しかしながら、宗一の持つ神器・倶利伽羅剣という剣は人間が嫌いなのだろうか? ああも懇願しているのに一言も返さないなんて少し人でなしなのでは無いだろうか? ……いや、そもそも人では無いのだが。
「――悠雅、俺は一度下まで降りて中の様子を確認してくる」
ややあって、宗一はそう切り出した。ああしてうだうだと悩んでいても無駄だと考えたのだろう。
久しぶりだな、そう思う。あんな調子の宗一を見るのは。
なまじ優秀な男だから、出来ない、ということを受け入れ難いのだ。だが、それを乗り越えれば、お前はきっと国津神に至れるよ。
「――聞いているのか悠雅?」
おっと、睨まれてしまった。話はちゃんと聞かないとな。
「済まない疲れているみたいだ。聞いていなかった」
「全く。俺はこの軍艦の下層に向かう。浸水していないか確認しておきたい」
確かに、いつ帰れるかわからない以上、拠点の確保は急務といえた。
「じゃあ俺は瑞乃を守りながら隣の艦橋を見てこよう。何かあるかもしれない」
「わかった。無茶はするなよ」
「お互いにな」
一先ず一旦別れて行動する。俺は天之尾羽張を部屋の壁に立て掛けて、部屋を出る。アマ公を置いていくのは不意にこの部屋に怪物が現れた時にすぐに報せてもらう為だ。調べるのは隣と向かいの部屋だけなので心配し過ぎかも知れないが念には念を入れる。
人命保護の為もあってかアマ公も快く引き受けてくれた。ありがたい話だ。
「さて、」
戸を開けると一面にひらけた硝子窓と無数の機械類と舵が俺を出迎えた。機械類は稼動しておらず色々ボタンやら丸とか四角とかの黒い硝子が嵌め込まれているが、何をしてもうんともすんとも言わない。
これについては後で瑞乃が起きた後にでも見てもらった方がいいかも知れない。俺に機械類は触らせたらダメだ。間違いなくいつか壊す。
「あれは……」
甲板の一角に米国の国旗が翻っているのが見えた。これは米国艦なのだろうか? ……いや、さっき食堂のような場所を見た時に神棚があったのを目にした。米国艦が神棚を船に載せる意味がわからない。
「……よくわからん」
思考放棄。怒られそうな気もするが、考えてよくわからないものを考え続けても意味が無い。
チン、と背後で何かが鳴る。振り返ると立て付けの悪そうな両開き扉から人影が見える。
「あ゙?」
訂正。犬っころの面を人の体の上に乗っけた化け物――
ぐいと近づいて土手っ腹に蹴りを突っ込んでやると奇声をあげて壁に叩きつけてメンチを切る。
すると狗神が仲間を呼ぶべく遠吠えをする為に大きく息を吸い込んだ。
だが、ああ、させるものかよクソ犬っころ。同じ轍は踏まねぇ。吠える前に喉を潰す。続いて噛まれる前に口を鷲掴んでそのまま後頭部を背後の壁に打ち据えて意識を刈り取る。そして、そのまま窓を開け放って溶岩の海に放り捨てる。
それより狗神の奴どっから来やがったんだ?
狗神が現れた扉を強引にこじ開けるとそこには何も無い、小部屋であった。ただ一つあるのは扉の脇にボタンがあるくらいか。
「無闇に押さない方がいいな」
壊してから瑞乃に見せてもダメだろうし。
艦橋はもう何も無さそうだな。次の部屋に行こう。
一度廊下に出て、今度は艦長の寝室の向かいにある部屋に入る。その部屋はこれまた豪奢な作りで、中心には樫の木の机が鎮座している。艦長の執務室、といった所だろう。
机の中身をさらうもそこには何もなく、スカのくじを引いてしまった気分に近い。
「ん?」
引き出しの奥に何か詰まっている。引き出しを力づくで外し、その中に詰まっているものを引きずり出す。
これは……海軍からの文書か。
「戦艦……ちょうもん? ……いや、これは
この艦の名前だろうか。海の方はさっぱりだからよくわからん。他にもごちゃごちゃと色々書いてあるがどうやら本土攻撃を阻止する為に比島沖なる海域で連合軍を撃滅する為の作戦に参加しろ、という事らしい。
比島沖海戦? 比島沖ってどこだ? それに連合軍? 何で連合と皇国が戦争何てしているんだ? もう戦争が終わるってのに今更劣勢の中央同盟国側に寝返ったのか?
「訳がわから――」
本当に、意味がわからなかった。本当に、本当に意味がわからなかったんだ。あるのはただただ困惑と言葉を失う程度の混乱。
訳の分からない物が跋扈としている世界なのだからもう何が出てきても驚かないと思っていた。だが、ああ、これは、これだけは別だ。
聖帝勅令
大東亜戦争
――皇紀二六〇四年十月十五日
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