序章15 落下
広がる閃光の海の中に黒い粒子が舞い始める。伏姫の刀身が崩れ始めたのだ。しかし、予備の軍刀に取り換える暇はない。
このまま切り裂くという選択肢しかない。
「——おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
切れ、斬れ。切り闢け、我が活路。ここで命を落としてなるものか。
深く深く祈る。それに呼応するように切れ味が研ぎ澄まされていく。そして、気づく。
ゆらゆらと揺らめく黒い炎。伏姫の刀身に灯る黒い炎。今までこんな事、起きた事は無かった。切断の祈りにこんなものは付属しない筈だ。
「……関係ねぇな」
何が起きてるのかなんて知った事じゃない。ただ、俺の祈りが奴の祈りを斬り伏せなければ明日は無いのだ。だから、成すぞ斬雷。
「ぶっ斬れろおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
咆哮。更に強く、もっと強く、祈る。迸る雷神の一撃を――斬り闢く!!
「なっ!?」
不意に零した声は斬雷を成した俺への驚嘆か、自慢の雷撃の槍を破られた事への絶望か定かではないが確かに彼女は呆けた顔を覗かせていた。やるならここしかない。
千鳥から雷切となった軍刀の散り様を見送り、予備の軍刀に手をかける。鯉口から漏れ出る黒い炎には気にも留めず、斬りかかる。
「ぐぅっ!!」
間一髪。細剣で斬撃を受け止めた少女は苦い顔をしながら白い雷と黒い炎越しに俺を睨む。
再度切り結ぶ剣と剣。
しかし、先とは明確に変化している。それは彼女の顔に余裕が無くなっている事。先の鍔迫り合いでは届かなかった細剣の刃に軍刀の刃が届いているのだ。恐らくだが彼女の雷の祈りに俺の切断の祈りが追い付いたのだろう。
「……アン、タ……一体何を斬ってるのよ……!?」
「お前の祈りだよ……!!」
拮抗する祈り。その祈りは空間を焼き焦がし、歪ませる。
――或いはここが岐路だったのかもしれない。後に俺はそう思う事になる。
異変に気付いたのは軍刀の刃が再び崩れ始めた時だった。伏姫が塵となっていく様を横目にその異変に戦慄し、凍り付いてしまっていた。
空が異常なほどに丸く歪み、どこかに落下していく感覚があった。石畳の舗装路に足をつけているにも関わらず。
不快なほどにはっきりとしている浮遊感。確実に落下していないと断言できるはずなのに落下しているとしか言いようがない感覚。
「な、に、これ……?」
呻いたのは少女だった。彼女もこの異様な状況に巻き込まれているのか酷く狼狽えている。奴の仲間がやっている事ではないらしい。
——盟約を果たす時が来た――
酷く老成した声が聞こえた。どこから聞こえてくるのかわからない、しかしやたら近くで囁かれているような気味の悪さがあって、鳥肌が立つ。
一体誰なんだという疑問もあるが今の現状を踏まえるととても冷静に人探しをしていられる様な状況ではなかった。
「悠雅!!」
大佐殿が遥か高み、丸くなった空の
「東京駅に向かえ!!」
東京駅? この状況でなぜ東京駅が出てくるんだ? 疑問するも、
「必ず迎えに行く!! 助けに行くから!!」
大佐殿の必死な顔つきと声音にあらゆる反論が消えて失せる。
聞いてやらねば、信じてやらねば、そう思ってしまう。なんでそう思うのだろうか? 上官とはいえ今日初めて会った人間だというのに。
「だから、待っててくれ……!!」
その一言を最後に世界が崩れ落ちた。比喩ではなく、本当に、積み木の城を支える柱を抜き取ったみたいに。
落下する。今度こそ落下する。感覚だけあった浮遊感が現実のものとなって襲い来る。
大佐殿の顔が小さくなっていく。丸く歪んだ空が小さな点になっていく。それとは真逆、落下していく先へと目を向ける。
「なんだ……これは……?」
赤。一面に広がるそれは怖気がする程に赤く染まっており、辛うじてそれが街の様なカタチをしているのが分かる程度。そうして、ようやく、大佐殿の言葉の意味を理解する。
「皇都……」
今俺が落下しようとしているのは皇都だ。そして、同時に理解する。この皇都は俺の知る皇都ではない。俺の知る皇都には、こんな化け物は存在しない。
一体どんな生体をしているのかわからないグチュグチュと音たてて浮遊する肉の塊。顔も目も口も無ければ、手足、肌もない、不気味な存在が真っ直ぐこちらに向かって飛んでくる。
当然翼など無く、だらりと垂らした触腕が風にたなびく様がその速度を思い知らせてくれる。
「くそっ……」
軍刀に予備は無い。空しく柄のみが手の中で存在を主張している。俺に抗う手段は無く、ただ見ている他なく。次の瞬間、全身の肉が
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