3月23日 午前 59

 運命ってウンメイって、そういうことこういう場面で言うひと、この世に実際いるんですか? あれは虚構じゃないんだ。乙女じゃあるまいし、酸いも甘いも噛み分けたいい大人が恥ずかしいじゃないか。いや、もしかしてこれで「普通」なの? 今まで、なんとなくでしかそういうのしてこなかった私のほうが少数派なんですか?

「姫香ちゃんの幸せのために最大限努力する」

「ミズキさん?」

「君がいなくちゃ、僕はこの先、生きてく自信がない」

「ミズキさん、あのね」

「ほんとに。姫香ちゃんと一緒になれないなら生きててもしょうがない」

「馬鹿なこと言わないで」

 話にならないと首をふったところで、彼が笑った。

「それが、君のこたえ?」

 低い声で迫られて、心臓がいやな感じに脈打った。緊張に、自分の呼吸が狭まっているのを感じる。いけない。

「僕が死のうが何しようが気にしないってこと?」

 ちょっと待った。誰もそんなこと言ってないじゃないか。

 私が顔色を変えたのに気づいて、相手はすこし間をとった。

「真剣に聞いてほしい。いつものはぐらかしは無効だよ。君には馬鹿なことかもしれないけれど僕にはそうじゃない」

 居心地の悪さは我慢しようと思った。今の態度は人間としてまずかったのかもしれないと反省したけれど、続く言葉には閉口する。

「君をはじめて見たときから欲しいと思った。浅倉の片想いの相手で婚約者がいるのも聞いたけれど諦める気はなかったよ。どうにかして君の信頼を勝ち得て距離を縮めようとしたし、君に好かれたかった。僕が想うのと同じように、君も僕を欲しがってくれればいいって焦がれるほど願ったよ」

 このひと、この顔でどうしてそういうこと言うかなあ。

「君は、ひとを欲しがることがないよね」

 ないのだからしょうがないと開き直れればよかったのだけど、そうもいかない。私は、憐れみの瞳をむけられていた。

「だから、君が手に入らないなら死にたいって言っても、僕の気持ちは伝わらないよね」

 嫌味ったらしい言い方に、思わず声が尖る。

「ひとを脅して自分の希望を通そうとするのは賢明なやりかたじゃないと思うけど」

「じゃあ、それ以外の有効な方法を君は知ってるの?」

 その反駁は、彼の真実の声だった。

 私があからさまに息をつめ、困り果て、顔を見ないようにうつむくと、彼は続けた。

「膝をついて懇願しろと言われればそうするよ。君の望むとおりに、それで僕の希望が通るなら何でもする」

 これは……。

「王子様がお望みだっていうなら薔薇の花でも気恥ずかしいセリフでも、白馬だってどうにか手配するよ。乗馬はすこし嗜んだしね、不恰好にならない程度には乗れる」

「あの、それは……」

 笑いを通りすぎてうそら寒くなっていると、彼が頷きながらこちらの顔をのぞきこむ。

「そう。君にそういうファンタジーはない。貢がれるのが好きなくせにそういうのにはもう慣れきってて、下心を嫌う。褒めても甘やかしてもうれしがらない。いや、気持ちよくはなってるだろうけど、それは君の言うところの自尊心を満たすことでしかないよね?」

 問いかけられて、うなずくのをためらった。

「僕は、君の自尊心を満たす道具になりさがるつもりはない。それでも君がもしそうして欲しいならいくらでもする。だけど、僕が欲しいのはそれじゃない」

 私は気を失いたかった。こういうとき、都合よく倒れるためにはコルセットをしめておくスタイルじゃないといけないに違いない。

「姫香ちゃん、現実逃避してると僕に押し切られるよ?」

「でも、だって」

 はっとした。たしかにそうだ。危険。

「ここは自分の意地をみせるところでしょう? ここで本心を言わないと、僕、ほんとに君をかついで閉じ込めるから」

「は?」

「僕のほうはそのくらいの気持ちでいるって説明してるの。それは現実的に無理にしても、排卵日の見当もついてるし、君が妊娠すればすんなり結婚することも可能だよね」

 なに、このひと。アタマおかしいよ。

 そういう想いでただ相手の顔をみる私に手を焼いたのか、彼の言葉がらしくないほど、早くなる。

「これくらいで絶句しない。僕がこれだけ手の内みせてるんだから、君も今、ここで踏ん張って、ちゃんとこたえる」

「手の内って、なにそれ、そんなのだって、犯罪じゃないっ」

 甲高くなる声をおさえることができずに語尾を震わすと、ミズキさんは一呼吸おいて、頷いた。

「そうだね。無理やり関係を迫れば犯罪だけど、交際していくうちに何かの手違いでそういうことになれば、結果は同じことだよね」

 何を言われているのか理解した。だから、手の内を見せる、なのだ。

「君、堕ろすとは言わないでしょ?」

 ミズキさん……。

 意識して、呼吸を変えようとしたけれどうまくいかない。防御も何もなく打ち込まれてばかりいる。これじゃ、だめだ。いったん自分を立て直そうと慌てる自分の弱さにむかついた。左右にかるく頭を振り、相手をきちんと見据えようと頤をあげる。

 瞳がかちあい、私は大きく息をつぐ。彼は、それをちゃんと見守った。聞く用意があると知らされて、無意識のうちに爪先に力をこめる。

「ミズキさん、もういちど言い直すよ。そんなふうに何かを、ましてや自分の子供を道具のようにして、ひとを脅して言うことを聞かせようとするのは間違ってる」

「そうだね」

 彼がそこでうなずいた。それを聞いてほっと肩を落としたところだった。

「じゃあ君はそんなに正しいの?」

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