血風
「貴方たちに、祖国の土を踏ませてあげられなくて御免なさい‥‥‥」
草原の片隅に掘った穴に、三人の遺体を並べるように寝かせながらグレンは申し訳なさそうに呟いた。厳密に言えばここもまだイーニアス領ではあるのだが、イーニアス王国に暮らす者にとって、領内と国内ではその意味合いが大きく異なるのだ。
そんなグレンをすぐ後ろで見つめるアーロンは、その視線とは裏腹にその後にどう事を運ぶかを思案していた。
(ベルンフリート兵の魔法に見せかけるために遺体を焼いたが、無駄だったか。だがグレンが信じようと信じなかろうと、問題は無いか。ならば当初の予定通りに‥‥‥)
「団長」
ふと、グレンがアーロンへと振り返る。真っ赤に腫らした眼でアーロンを睨み付ける。
「なんだ?」
「私は、入団して間もない頃から団長のことが好きでした。人間的に尊敬できる人に見えましたから。そして兵士としても尊敬していました。貴方ほどの腕前を持つ人には出会ったことがありませんでしたから‥‥‥でも」
淡々と言葉を紡ぐ間にも、グレンの瞳はアーロンの双眸を睨み付けて決して離さない。
「今はもう違います。そんなに無表情でいられるなんて‥‥‥!」
わなわなと身体を震わせるグレン。のみならずその声までもが怒りにて震えていた。
しかしグレンの怒りと非難に満ちた言葉も、アーロンには一片たりとも届かない。最早アーロンに人間らしい心など無いのだから。その人ならぬ心にて三人を殺したのはアーロンなのだから。
「そうか。なんと思おうとお前の勝手だ。好きにしろ」
無関心を伝え、グレンへと背を向けるアーロン。これが悪手であった。
「‥‥‥そうですか。それならっ!」
剣が鞘を走る音。
刹那、アーロンの肩口が切り裂かれた。
「ぐぁぁッ!?」
チェインメイルを装備していたために辛うじて両断はされなかったが、しかしグレンのショートソードが肩に深々と切り込まれたのだ。
「がッ! ぎぃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
苦悶に悶えるアーロンに追撃を加えるように、グレンはアーロンの肩で止まった剣で傷を抉りながら引き切った。響き渡るアーロンの絶叫。
余りの激痛に魔操術を扱うだけの集中が出来ないため、地面に倒れこみ、転がることでグレンより距離を取る。彼の後に続くように血の跡が線を引いた。
「ぐぅぅぅッ!!」
出来るだけ肩を庇うようにして転がるが、それでも衝撃が響き、激痛に上乗せするように体内に響くような鈍痛が走る。
距離を取ったと見て、足のみを使って立ち上がり、それと同時に無傷の右手にて腰に差したショートソードを抜き放つアーロンだったが‥‥‥。
「やぁぁっ!!」
立ち上がった彼の顔目掛けて、踏み込みと上体の捻りを存分に利かせた刺突が見舞われた。
「ッ!?」
まともに喰らえば致命傷ともなりえる堪能の刺突に対し、首を逸らすことで躱すアーロンであったが、そこへ続けてグレンの追撃が放たれる。
袈裟、裏切り上げ、そこから身体を回転させて再度裏切り上げ、そして低身長を活かした脛を狙った斬撃。
舞うように放たれる連撃に、アーロンはただ回避に徹するのみである。
(この傷の中この防戦‥‥‥! このままでは埒が明かない‥‥‥! いや、確実に負ける‥‥‥!)
アーロンはグレンの無尽蔵ともいえる体力のことを知っていた。彼女は女人でありながらも他の兵士を圧倒するほどの体力を持ち、それを最大限に活用したショートソードによる連撃を得意とするのである。
しかし平凡な剣筋と、小柄な体格からくるリーチの短さ、踏み込み距離の浅さから攻撃を見切り、避けること自体は容易である。だが……。
(ッ‥‥‥!)
一瞬のふらつき。
左肩から流出する血液によるものであった。
「はぁぁっ!!」
グレンの放つ刺突がアーロンの脇腹を掠める。
一刻も早くグレンを倒さなくてはならない。戦いが長引けば長引くほどにアーロンの勝機は薄れるのだから。
しかし今現在、アーロンは左肩の激痛に集中を阻まれ魔操術を扱うことが出来ない。そして魔操術による強化無しではグレンと同格程度の戦闘能力なのである。であればこの状況を打開するには搦め手をおいて他にはない。
そう考えてからのアーロンの行動は早かった。
「おおぉぉぉぁぁッ!!」
怒号の如き咆哮を張り上げて右手の剣を振りかぶるアーロンに、グレンは攻撃の手を止めて後ろへと飛び退き、そこから更に数歩後ずさり距離を取った。
アーロンは咆哮を上げたままにグレンへと向かって走る。
対してグレンは剣を己の正面へと構える迎撃の型である。
グレンとの距離が縮まり、有効斬撃範囲に入った瞬間、アーロンは振りかぶった剣を水平に寝かせて、己の右側面、己の胸より多少低い位置を左方向へと切り払った。
剣を構えた際のグレンの首を刈り取る高さである。しかし、当然というべきかグレンは腰を落とすことでそれを回避する。
(掛かった!)
しかしアーロンはそこに斬撃を加えるでもなく、そのまま切り抜けるでもなく、ただ切り払いの勢いのままに身体を翻した。
「わっ!?」
身体を思い切り翻した勢いで、左肩から大量の血液が撒き散らされる。当然、腰を落としたことでアーロンより低い位置にあるグレンの頭上にも。
近接戦を行う者の常として、戦闘中に決して対手より眼を離さないことが常識である。それは我流にて剣を振るうグレンとて例外ではない。
結果、彼女の頭上で撒き散らされたアーロンの血液はその顔面に降り注ぐことになり、鼻をそしてその眼球を赤く染めた。
「うぁっ!?」
飛び退くでもなく、身を屈めるでもなく、ただその体制のままに思わず己の眼を擦るグレン。本人をして全く意識をしていないとっさに出た行動であった。
「愚か者めッ!!」
無論その隙をアーロンが見逃す訳もない。己の作り出した隙なのだから。
アーロンは膝を曲げた体勢であるグレンの頭を己の剣の柄で殴りつけた。多少の加減を加えてはいるものの、体重をかけた重量の一撃である。
「が‥‥‥あぁ‥‥‥」
頭頂部へとその一撃を受けたグレンは敢え無く昏倒。数分の死闘は幕を閉じることとなった。
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