迷い
「‥‥‥忌々しい」
アーロンが目を覚ますと、そこはいつもと変わらぬ、兵舎の団長室であった。
昨夜、ラザレスとクリフを殺したすぐ後、アーロンの計画通りに国中で原因不明の火災が発生した。首謀者のアーロンからすれば原因は魔法によるものなのだが、魔法が存在するかどうか半信半疑であるイーニアス王国においては確かに原因不明と言えるだろう。
アーロンはラザレスとクリフの遺体をこの火災の首謀者として兵舎へと突き出し、簡単な理由を説明したのちに臨時に副団長を決めて、その者に火災の消火活動の指揮を任せて眠ってしまったのであった。
(今の夢‥‥‥俺は気にしているのか)
今現在アーロンが見た夢。それは、彼が幼少の頃の夢であった‥‥‥途中まではだが。
彼は確かに商隊の馬車へと忍び込みイーニアス王国を抜け出した。それから程なくして商人たちに見つかったのも事実であるが、しかし生きたままに焼かれることなどは決して無かった。
ではなぜそのような夢を見たかと考えてみると、思い当たる理由は一つしかない。己の復讐の為だけに、巻き込んでしまった国王反発派の人間たちである。
彼らがアーロンの指示した通りに設置型魔法を発動させたのなら、生きながらにその身体を猛炎にて焼かれることとなった筈である。
先程の夢は、そのことに対する罪悪の呵責なのではないかとアーロンは考えていた。
これまでに切ってきた、ランバート、ラザレス、クリフたちは、いずれも殺すことに対し、まだ言い訳の余地がある者たちであった。ランバートは前団長を殺しており、ラザレスとクリフの二人は隣国からの
しかし、昨夜焼け死ぬこととなったであろう国王反発派の人間たちは、アーロンが己の復讐の為だけに巻き込んでも良いと思えるだけの咎を背負ってるとはとても思えない。むしろ彼らは咎人である国王と王子の被害者であるのだから。
(関係ない‥‥‥か。結局は殺したのだから)
務めて、感じまいとしていた罪悪を夢という形で思い起こすこととなってしまったアーロンであったが、その思考は結局いつもと変わらぬ帰結を迎えた。
アーロンは己が人を殺すことに際して、何かと言い訳を付ける性があった。それは罪悪の呵責に対する自己防衛であるのかもしれないが、アーロンの理性としてはそれを嫌っており、そういった思考に陥ったときには決まって、結局は殺したのだからそれが如何なる罪人であろうと関係が無いと結論を出すのであった。
しかし理性では割り切ろうとしても、夢として見た通り心の深層では割り切れていないことも事実であり、アーロンはまた思考の渦へと飲み込まれていくのだ。
「‥‥‥」
その時、突如聞き覚えのある声が団長室に響き渡った。
「団長! 起きてますか!? 団長!!」
扉を叩きつつアーロンを呼ぶ、そのハスキーがかった高い声。昨夜、臨時に副団長を任せたグレンの声であった。
「グレンか。どうした?」
扉越しに、いつもと変わらぬ落ち着いた声で答えるアーロン。その声に先程の迷いは無かった。
「あっ! 起きていらしたんですね! それが先程、国王様からの伝令が来まして、昨夜の事件について近衛騎士隊長と国王様が直々にお話を聞きたいと‥‥‥。
「なんだと!?」
アーロンの身体に電流が走ったようであった。この事件後という状況で、国王からこちらへ出向くとは考えづらい。そう考えると、つまりこれは王城への入城許可に他ならない。
通常、王城へと入城できる者は近衛騎士隊の人間か、国王直々の家臣をおいて他にはない。
例え兵士団長であろうとも、王城に入城しようものなら即座に捕縛され処刑されるだろう。
つまりこれは、アーロンにとって千載一遇の好機に他ならない。
(王子を‥‥‥殺すか?)
アーロンはここまで、王子オーウェンを復讐として殺すためだけに活動をしてきた。
今回の発火事件の自作自演もそうである。国王反発派の人間を焚きつけ、王城を焼き尽くせると嘘の魔法技術を教えて、大規模発火事件を引き起こし、とある人物を首謀者として仕立て上げ、王城へと突き出す。
英雄‥‥‥とまではならずとも、イーニアス王国の基準において、勲章ものの活躍であることは確かだろう。
そして勲章の授与は王族によって行われる。
アーロンの計画ではそのときに王子を手に掛けようと……そう考えていたのだが‥‥‥。
しかしあまりに急な入城許可に、アーロンは情けなくもたじろんでいた。今のアーロンには少なからず迷いがあり、そして未だアンに対しての未練も捨てきれずにいる。
「団長?」
「‥‥‥ああ。すぐに出向こう」
内心で王子を殺すか否か葛藤しつつも、しかし平静を装い答えるアーロン。
「そうですか。えっと、近衛騎士隊長が城門前で待っているそうなので急いだほうがいいかと思います」
「それを先に言うべきだと思うのだがな」
椅子から立ち上がり、早足に扉を開き部屋から出るアーロン。
「す、すいません! あれ? もう着替えてたんですか?」
扉の前に立っていたグレンが、アーロンの姿を見て疑問を口にした。
「ああ、この恰好で寝たからな」
「え? いや、冗談ですよね?」
アーロンの格好はチェインメイルを身に着け、ベルトに留めたツーハンデッドソードの鞘を肩に掛け、腰にはショートソードを帯剣しているという、とてもこれまでに眠っていたとは思えないものであった。
「冗談なものか。椅子で眠っていたのだ。本当ならば、お前と交代で団の指揮に入るつもりだったのだからな」
「おお! 流石は団長です!」
その低い背で、アーロンを見上げて尊敬の目線を向けて称賛するグレン。
「‥‥‥」
グレン・マイル。長身とはいえぬアーロンの更に胸程の背丈、短く切りそろえられた赤毛、兵士とは思えぬほどに華奢に見える身体、そしてこれもまた兵士に似つかわしくない童顔。彼‥‥‥いや、彼女は、男装の兵士であった。
周りの兵士は気が付いているのか。なぜ、女人の入団が禁止されている訳でもないにも関わらずわざわざ男装をしているのか。特に興味がある訳でもないので、気付いていながらもアーロンがそれを話題に出すことはない。
入団しているのだから、それだけの実力は確かにあるようで、更にラザレスほどではないにしろ生真面目な性格であるため、アーロンは彼女によく仕事を任せていた。今回臨時に副団長を任せたのも、そのためであった。
「それで、事態は収束したのか?」
「‥‥‥火災は収まりました。今は被害者たちの西地区に作った臨時居住区への誘導と、それと全焼した家屋の撤去作業をするように指示しています。当然、国内全域に兵士団の目を光らせています」
聞かれた途端に、真面目な表情になり状況を説明するグレン。彼女の優秀さであった。
「そうか‥‥‥」
アーロンは火災がどれほどまでに広がったのかは聞かなかった。今聞かずとも、いずれは見ることになるのであろうが、見た夢が見た夢であるのでとても聞く気にはならなかったのである。
「兵舎前に馬を用意しています。こちらは自分が責任を持って対処しますので、団長はお気になさらずに」
「ああ、分かった。それでは行ってくるとしよう」
その言葉を最後に、アーロンは兵舎を出て行った。
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