抜け道

 中央地区の隠れ家を抜け出て約二時間後、ラザレスは西地区の大森林の中心を訪れていた。


 西地区は農業の中心地でありながらも、農業地として利用されている場所は西地区全体の約四割程度である。


 他の二割は鉱山であり、東地区の工夫が出入りしており未だに採掘が続けられている。


 残りの四割が、いまラザレスの居る大森林である。


 様々な種類の野生動物が潜むこの森林を過去には開拓する計画も立ったが、その計画も自然保護を謳う一部の国民によって立ち消え、現在はほぼ放置されているに等しい状況である。


 しかしその様な場所であるがゆえに、この大森林へ足を踏み入れる国民は、ほぼ居ない。こと、今のように夜も深まる時間帯であればなおさらである。


(‥‥‥あぁ、ここだ)


 大森林の中心。その大自然に溶け込むように、だがどこか孤立するように巨大な岩が佇んでいた。


 その岩周辺の地面を手で確認しつつ、回り込むように確かめていくと、手が地面を突き抜けて中に空洞がある箇所を発見した。地面と変わらぬように見えるように偽装された布を被せてあったのだ。その空洞はラザレスとクリフがイーニアス王国に潜入し、三年かけて掘った外部への抜け道である。


 周囲を城郭に囲まれたイーニアス王国を脱出するには、地中を通っていくほかに道は無い。そのため潜入してから初めての間者スパイとしての仕事はこの抜け道を掘ることだったことをラザレスは思い出していた。


(クリフ、頼んだぞ!)


 そう心中で呟くと同時に、彼は地中に滑り落ちるように抜け道へと入った。


(‥‥‥不覚。明かりを持ってくるのを忘れていた)


 抜け道内部は当然ながら明かりとなるものは何もない。確か、あれば便利な物を雑多に詰め込んだ鉄箱を運び込んだ記憶がラザレスにはあるが、それもこの暗闇ではとても見える物では無い。


 ラザレスは小手を外し、その埃臭い洞穴の空気を鋭く吸い込んだ。そして蝋燭に灯るような、小さく、一定の明るさを保つ炎を空想する。最後に、己の右手の人差し指へと意識を集中させた。


 瞬間、彼の人差し指の先に、彼が空想したものとほぼ同質の炎が発現し暗闇の洞穴内を淡く照らした。


(よし、腕は鈍ってはいないようだ)


 己の衰えていない魔法の腕に安堵を覚えながらも、ラザレスは洞穴内を見渡した。


 件の鉄箱は足元に設置してあった。ラザレスは暗闇の中であっても見つけ出せるようにとクリフと相談して、その結果入ってからすぐ足元に来るように箱を設置していたことを思い出した。


 そのことを忘れていた自分の愚かさを恥じながらも、しかしすぐに気分を入れ替えてラザレスは炎を現出させていない左手で鉄箱を開いた。


 中には様々な道具が詰め込まれていたが、ラザレスはその中から蝋燭式のカンテラを手に取った。そして、その内部の蝋燭へと炎の現出する右手の人差し指を近づけた。蝋燭に灯が灯る。


「ふぅ‥‥‥」


 マナを取り込む特殊な呼吸から、普段通りの安静な呼吸へと戻す。それと同時に、指先より現出していた炎も掻き消えた。


 両手が空いたラザレスは鉄箱より伸縮式の梯子を取り出し、先程外した小手を再び身に着ける。


 そして取り出した梯子を脇に抱え、手にカンテラを持ち準備が整ったというところで、ラザレスは抜け道の出口へと向けて歩き始めた。

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