泡沫

「じゃ、ちょっくら仕事を手伝ってくるよ。また後でな」


 コレット家の前。二人は手を放して向かい合っていた。


「うん! 私も出来るだけ頑張るよ! アーロンが来る頃には、お仕事が無くなってるかもね!」


 アンの様子は、先程の涙など無かったかのように普段の調子に戻っていた。


「それは楽しみだな。でも無茶はするんじゃないぞ? お母さんを心配させる訳にもいかないだろ?」


「う、うん。分かってるよ。でもなんだか、おじさん臭いなぁ」


「え? そうか? 親父のが移ったかなぁ‥‥‥」


 首の裏に手を当てて、実に真剣な顔をするアーロン。


「ふふっ! そんな真剣な顔しなくったっていいのに。それじゃあ、また後でね!」


 手を振って、踵を返し、家の扉にてを掛けるアン。


「おう」


 アンの後ろ姿を黙って見つめるアーロン。その背中を見ているといつも、えもいわれぬ、漠然とした不安が彼を襲うのだった。しかし、その不安感が一体何なのかは分からないため、アーロンはそれを誰かに口外したことは無い。


 口外したことは無かったのだが‥‥‥。


「アン!」


 扉を開き、あとは家に入るだけといった状態であったアンは、突然、大声で呼ばれたことにきょとんとした顔そして、振り返った。


「‥‥‥どうしたの?」


 呼び止めたあとで、アーロンの心中には多少の後悔が生じた。そのあまりにも自分らしからぬ言葉をアンに伝えるべきか否か。


「アン、その‥‥‥さ‥‥‥」


 しかし、呼び止めてしまったものは仕方がない。アーロンはこの気持ちを、不安感をアンへと伝えようと決心した。


「なに?」


「突然、変なことを言うけど‥‥‥これから先、俺の前から居なくならないでくれ。今の俺にとっては、アンを幸せにすることこそが、人生の目標で、その‥‥‥生きる意味なんだ。だから―――


 アーロンがそのまま、言葉を続けようとしたとき、突如アンの顔が歪んだ。いや、アンだけではない、世界が歪んだ。


 それと同時にアーロンの頭に霞みが掛かったように思考が鈍くなり、自分が何を言おうとしていたのか、何をしようとしていたのかすらも分からなくなった。

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