酔い


 アシュがいつの間にか毒の抗体を形成していた件について。


 一つ目の要因は、そもそも、毒について徹底的に検証していたが故に毒草や毒液をぺろりと一舐めは日常茶飯事だったから。


 二つ目に毒を盛られる頻度。口説いた女性に毒を盛られる確率が実に3割を超えるという、驚愕の頻度を叩き出すことによって、あらゆる毒を日常的に摂取していた。


 特にヘーゼン=ハイム死後からの解放感は半端ではなかったので、彼は至る所のバーへと頻繁に訪れ、酒というよりは毒に酔って帰ってくることが多かった。


 そうなると、必然的に酒には酔うはずもないのだが、これは完全にアシュの錯覚である。彼は、アルコールを瞬時に分解する能力はあるが、同時に勘違い王でもある。ワイン、地酒を摂取した時点で、彼の脳が錯覚し『酔う』という行為を彼の身体に命令する。


「……」


 ミラの悲しき分析が終わった。


「ま、またぁ。酔い覚ましに、アーン」「そ、そ、そうですよ。酔っ払ったらなにか口にするのがいいんですよ? アーン」「と、とにかくなにか口にしましょう。みんな、他の料理もじゃんじゃんもってきて。アーン」


 一方、驚愕の表情で、まるで未知の生物を見るような瞳で、シルミ一族の面々は、アシュに猛毒をアーンさせる。そして、来るもの拒まず。エロ魔法使いは、ほぼ確実にすべてのアーンを受け入れていく。


 結果として、アシュのお腹はパンパンに膨らんだ。


「……うぷっ。そ、そろそろお腹もいっぱいになってきたことだし、今日はもう寝るかな。おやすみ」


 胃に猛毒を大量保有しながら、アシュはフラフラと立ち上がろうとする。しかし、酔っ払い足が持たれたところを、レースリィ=シルミが抱きついて支える。


「あ、ありがとう。たすか……うぷっ」

「危ないっ!」


 ガンと猛烈な蹴りでアシュを蹴り飛ばす長姉のベネス。


「ね、姉さん!?」

「はっ……つい。大丈夫ですか!?」


 壁に穴が空くぐらいの衝撃で蹴られた、もはや宣戦布告と言っても過言ではないほどの過剰な反応。さすがに、わいわいと食事を楽しんでいた生徒たちも何事かと目を見張る。


「くっ……」


 しまった、とベネスは唇を噛む。つい、妹に危険が迫っていたので、反射的に攻撃してしまった。


 アシュの吐き出すものもまた、猛毒である。


 いや、むしろ触るだけで即死するような猛毒。爛れるような猛毒。その他ありとあらゆる猛毒を追加したので、彼の胃袋の中では未知の猛毒が生成されていると言っても過言ではない。


 『嘔吐物に触れて死亡』などと言う恥を、まさか可愛い妹にさせるわけにはいかない。もはや、戦闘は避けられないと臨戦態勢をとろうとした瞬間、アシュは起き上がって爽やかな笑顔を浮かべる。


「ははっ……だ、大丈夫だよ。僕が君たちのような麗しい女性に、嘔吐物を撒き散らすとでも? 紳士は酔い方を心得ているものだよ……うぷっ」

「「「「……」」」」


 吐きそう。


 めちゃくちゃ吐きそう。


 だが、全力で殺しに来てる暗殺者を、爽やかな笑顔で許す勘違い魔法使い。


「ただ、やはり酔いは回ってきてるようだね。さーて、そろそろ寝るか」

「「「「……」」」」


 そう言って、フラッと立ち上がるが、先ほどまでとは違って誰も近づかない。アシュとしては、完全に支えられ待ちにも関わらず、誰一人として近づいて来ない。


「……おっと」

「大丈夫ですか?」

「ああ、大……なんだ、ミラか」

「そちらの失望の百万倍、私の絶望の方が大きいですが」


 有能執事はそう答え、フラつくアシュの身体を支えて寝室まで連れて行った。

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