歓談
*
月光に照らされながら走る馬車。生徒たちが就寝している中、アシュは中からそれを眺めていた。物憂げな、影のある表情でなにかを考えているような、そんな顔だった。
「……ふむ」
「なにをお考えでしょうか?」
どうせ、くだらないことでしょうけどと、ミラは心の中で付け加える。主人のアシュがこれほど真面目に考えている時は、その確率が異様に高いのである。
「あっ、ああ。ファンライ君のことだよ。彼はなぜブタになりたいんだったかなと思ってね。僕としたことが、すっかり理由を忘れてしまった」
「……アシュ様。ファンライ様は1ミリ足りとも、そんなことは思ってらっしゃらないと思います」
ああ、やっぱりキチガイだった。常にアシュに下す結論である。もはや、脳内年齢は200歳越え。身体のバランスと合わないと、人格までも破綻するのかなとミラは思う。
「いや、わからないよ。案外、ミラに飼われるのが心地よくて、飼われたがっているかもしれない」
「……そんなことは、私は絶対にないと思いますが」
ブタになりたいものなどいるわけがない。それは、ミラの思う結論であり、一般の者すべてが思うことである。なにを好んでブタに成り下がりたいと思う者がいるものかと、いよいよ主人の情緒を心配する。
「ミラ、君には感情がない。だから思考としてそのような非合理的な発想をしにくいのだよ。動物の感情とは思考を超えた先にあると思うがね」
「……にわかには信じがたい話ですが」
それを言われると、ミラは弱い。彼女は自身が人形であると認めている。だから、人間であると言うことが、どのような感覚であるのかがわからないのだ。
「まあ、冗談だよ。だが、万が一、億が一そうであっても気持ち悪がってはいけない。僕はマイノリティの意見には寛容な方なので、君にもそうあって欲しい」
「かしこまりました」
言うことは立派だが、やってることは最悪。それがアシュ=ダールという男である。確かに彼は差別をしない。気持ち悪がりもしない。ただ、自分の美学によって行動する。
彼は差別しない。男だろうが女だろうが。赤子だろうが、老人だろうが。善人だろうが悪人だろうが。聖者だろうが……連続殺人犯だろうが。
「……ミラ、楽しいかい?」
「その感情はわかりかねます。ただ、アシュ様以外の方々と接することは、私にとっては新鮮です」
あなたと話をするのは不快です……と、ついでにミラは心の中で結論づけた。
「そうか。その想いは、感情ではないのかな」
「私にはわかりません。しかし、これで私が表情を変化させることはありません」
「……そうか」
笑いたければ、笑い、泣きたければ泣きなさい。怒りたければ、怒って、また笑いたければ笑う。そのようにアシュはミラに命令した。
アシュの記憶し得る限り、唯一ミラが遂行できなかった命令だ。
なんでも可能なように作った人形は、どんな人間でもできることができなかった。類稀なら頭脳を持ちながら。誰もが羨む美貌を持ち合わせながら。
アシュは偽物が嫌いだ。
同調して表情をつくることや、この動作でこのような表情を浮かべることは、できる。ただ、それは本物の感情ではない。完璧主義のアシュが投げ出したそれは、
だから、アシュはそう命令した。ミラは命令に背くことはできないが、仮に背いて偽りの笑顔を浮かべたら、彼はどのような表情を浮かべるだろうか。
「……なんだい?」
「いえ。くだらぬ思考をしていただけです」
「なんだい。どんなくだらぬことか、僕に教えてくれ」
「アシュ様……あなたのことです」
「……ふっ」
アシュはナルシスに月を見上げた。
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