屈辱
ファンライは唖然とした。いや、唖然とする他なかった。だって、お前が、言ったんじゃん。お前が、豚になれって、言ったんじゃん。そんな、憐憫たる眼差しを浮かべる豚に対し、ミラが助け舟を出す。
「アシュ様、お忘れになったのですか? ここにいるのは、ファンライ様。数ヶ月前に友人となった方で、あなたが『豚になれ』と指示したからですのに」
「なぜ?」
「「……」」
し、知らねえ。美女執事と豚の想いは一致した。
なんたる人格破綻者。こんな屈辱は、これまで、いや未来永劫訪れないであろう。人間の尊厳たる権利を放棄させておいて、それをすっかり、まるっと、もりっと忘れてしまっているとは。どうせ、ロクでもない生活をしていたのだろう。酒を飲みながら、自分のことを嘲笑いながら、女を抱き――
「ふむ……しかし、そんなことになっていたとは。申し訳ないね。なんせ、肉の消費期限を現状よりも数ヶ月向上する加工技術を考案したものだから。もちろん、平民でも使える画期的な技法だ。これが実現すれば、年間、数万人の貧困を解消可能になると想い、ついつい熱中してしまい、些事のことをすっかり忘れてしまった。本当に申すまなかった」
「……っ」
凄まじく、意義のある研究をしていた。確かに、ここの地域は畜産業に力を入れている。その革新的技術があれば、現状の精肉コストを劇的に減らせる。平民の生活レベルが上がれば、必然的に所有する領地の税率も上がる。フェンライは脳内で計算を行い、年間5割の税収向上という結果をはじき出した。
もし、この技術が独占できることになれば、市場における影響は破格だ。ゆくゆくは税収の百倍以上は容易に見込めるだろう。その圧倒的な事実を前に、どうしても心を踊らざるを得ない。そして、もっと驚くべきは紛れもなく国家的規模の技術を、一介の闇魔法使いが独自に開発しているということだ。
やはり、この闇魔法使いの支援はどうしても、欲しい。
「ぶひ、ぶひぶひぶひーーーーっ」
「ほぅ……賢い豚だね。この研究の意義を理解するとは。まあ、己の身体がより社会貢献されるようになるのは嬉しい限りだろうね」
「ぶ、ぶひっ!?」
ま、まさか精肉されないよなと、フェンライは物騒な連想をする。
「しかし……
「……ぶひっ」
確かに、地べたではあるが、食事はかなり美味しいものを用意してもらっている。基本的に動くのは大嫌いだし、お代わりを求めればいくらでも食べさせてくれるので、増えた体重は20キロ。
「しかし、わからないな。なぜ、僕が君に豚になれと言ったのかな」
「一連の流れがございます。ファンライ様がアシュ様に融資を希望され、『覚悟を示してくれたらいい』とお答えになり、しばらくアシュ様が考えて『豚になれ』と命じた次第です」
「なるほど……しかし、なぜ豚に?」
「「……」」
テメエがキチガイだからだよ、と一人と一匹が心の中でつぶやく。
「ふーむ……しかし、こうしてみると見事な豚加減だな。僕は滅多に人……失礼、豚を褒めないのだが、まったくもって素晴らしい。トリュゴニュー地方の一等級マレー豚以来の感動だよ」
「……ぶひっ」
絶対に殺す、とファンライは心に誓った。
そんな断固たる決意をしている豚を前に、アシュはマジマジと眺める。抱っこしたり、ひっくり返してみたり、お腹を撫でてみたり。ひとしきりに屈辱的な体位をさせたところで、豚小屋に光が差し込んできた。
「……いい天気だな」
「今日は一日中、快晴でございます」
「なら、散歩に行こうか?」
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