ほのぼの(3)


 アシュはシス=クローゼの運動能力を甘く見積もっていた。あくまで、毎日のマラソン。趣味の一環。女性が男性に比べて運動能力が劣ること。彼女のマラソンが2セット目であること。いかに運動不足のアシュとは言え、容易に並んで走れるだろうと確信していた。


「……楽しいマラソンだった」

「アシュ様。帰りはシス様におぶられっぱなしでしたので、むしろハーフマラソンと呼ぶべきかと思います」


 医務室でのキチガイ発言を、やはり制する有能執事。足腰がまったく立たずに精魂尽き果てたスタミナ皆無魔法使いを、スタミナMAX美少女はおぶって帰ってきた。ミラは、アシュの計算かと思っていたが、医務室で寝転がったエロ魔法使いはそれどころじゃなく、完全なるグロッキー。


 ミラはシスのような才能をこれまで見たことがない。短距離も長距離もいけて、天性の格闘センスすらも持つ天分。それは、幾代もって生まれた名家の才能を如実に引き継いだだけではない。その中でも、特別な才を持つ者として生まれた証拠である。


 その格闘の才は、伝説として今なお語り継がれる初代クローゼ騎士団団長ですら凌ぐとミラは結論づけた。


「彼女が聖櫃に選ばれたのは、むしろ必然だったのかもしれないな」

「……どういうことですか?」


 アシュのつぶやきに、ミラが反応する。

 ミラとしては、これ以上一言も、むしろ息すら発して欲しくはなかったが、たまに含蓄のある発言を漏らす。今回は、ごくたまにの、まさしくそれであった。


「彼女を聖櫃に選んだサモン大司教は、非常に明晰な人物だった。意図したことかどうかは本人しか知り得ようがないが、シスの潜在的能力を見抜いて彼女を選んだ可能性は十分にあると言うことだよ。彼女には、それだけの素質がある」

「……はい」


 ミラは頷いた。格闘も魔法もこなせるという彼女からすると、ヘーゼンやアシュ、またリリーなどは魔法に寄りすぎていると感じる。

 シスもリリー級の魔力野ゲートを持つので、普通ならばその系譜に名を連ねるはずだった。そうなった時に、ここまで近接格闘の才が花開いたとは到底思えない。


 シスがいずれ魔法を取り戻した時に、純粋な戦闘能力で上を行くのは、リリー=シュバルツだろうか。それとも、シス=クローゼだろうか。


「まったく……将来が楽しみな人物ばかりで退屈はしないな……ヘーゼン先生も、僕みたいな可愛くて優秀な教え子を持っていたので、もしかしたら、こんな気持ちだったのかもしれないね」

「それは一億パーセント違うと思いますが」


 お前、どちらかというと腐ったミカンの方だろうと心の中でツッコミながら、ミラはミカンを含んだフルーツ盛り合わせを皿に置いて出した。


「ところで、リンゴに関してすごく面白いジョークがあるのだが、聞きたいかな?」

「私が記憶しているところでは、恐らくそれは128回目のお話ですが、話したいのならどうぞ」














 こうして、アシュは129回目のリンゴジョークをミラに話した。



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