若さ
ミランダが行ったことは戦況を注視することだった。全体の盤面をチェスに見立てた時、ガチガチに王周辺の守りが固められていた。リリー、ナルシー、シスの3人が奇襲役を買って出てくれたが、それでも牙城は揺らぐことはなかった。
早々に彼女は、次の作戦に切り替えた。急襲するのではなく、あぶり出す。ミランダ、ジスパ、ダンの3人で彼らの部隊全体を囲む魔法陣を精製した。ただ、それは強力なものではない。ほんの少し人の感情に訴え懸ける程度のもの。
人を感情を高揚させる幻術である。
バルガが瞬時に鼻を抑えたのは、この手の類いのものは匂いで狂わせるから。地の魔法陣で花を咲かせ、発芽した花粉で冷静な判断を狂わせていく。
リリーやナルシーの刺激的な行動がそれに拍車をかけた。すでに、囚われようとしている餌を前に、自制をかけられる者は少ない。
勇猛さは時に危険な刃となる。ダリオ王が誘いに乗ってくれば、バルガが諫めるのは難しい。案の上、彼は制止を振り切って前線へと立った。
「ダリオ王、罠です! おやめください!」
「なにを言っている? 臆したか」
「……っ」
すでに術にかけられている王は、もはや自身の異変には気づかない。そういうものだ。自分に自信がある者ほど、自分がおかしいことを認めないものである。この幻術には、人の特性が巧妙に利用されている。
惑わされた王はすでに剣を構え、リリーがかけている魔法壁に突っ込んでいく。制止しようとしたバルガは挙動が遅れ、王の背後にはミランダ、ジスパ、ダンの3人が出現した。
2人が分断されたのだ。
であるとすれば――
「ククク……まさか、僕を囮にするとはね」
歪んだ笑みを浮かべながら、バルガの前をミラとロイド、そしてアシュが塞いだ。
「……アシュ=ダール」
「久しぶりだね、バルガ君。為す術もなく僕の教え子に翻弄された気分はどうかな?」
勝ち誇ったように闇魔法使いは尋ね、軍略家は歯ぎしりを浮かべる。まさか、ここまでこの男がなにもしないとは思わなかった。
この戦術は荒々しく、大胆だ。
穴も多いし、運の要素も強い。だからこそ、バルガには読み切れなかった。熟練したチェスの打ち手が困惑するのは、新たな打ち手である。過去に存在するものならば、対処ができるが、創造的な一手はたとえ未完成であっても一から攻略法を練らなくてはいけない。
戦術を立てたのがミラだったならば、ここまで苦戦はしなかった。彼女ならば、より確実な戦術をとり、見事にそれがハマっただろう。
しかし、無謀と創造性と可能性が絡まった戦術は、あまりにも想定した相手とかけ離れている。
「どうだい? 僕の推薦した生徒は。優秀だろう?」
「……なにを企んでいる?」
すでに、バルガとダリオ王は分断されている。そして、この3人を目の前にして王の下に駆けつけられる可能性が限りなく低いことも、身にしみてわかっていていた。
「他意はないよ。まあ、ちょっとダリオ王とボー……いろいろと話して見たいと思ってね。単なる気まぐれさ」
「……あの方を改造するつもりか?」
「ククク……物騒だね。そんな気は毛頭ないよ。むしろ、僕はあの方とお友達になりたいと思ってるのさ」
「友達……だと!?」
バルガは悔しそうに睨む。
闇勢力へと取り込むつもりか。もはや、大陸の勢力は表と闇の二つに分断されていると見ていい。こうやって国を一つ一つ取り込んでいくことが本当の目的だったのだ。
「まあ、僕は君には興味ないよ。せいぜい、その場でダリオ王との別れを惜しむんだね」
闇魔法使いはそう答え、笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます