就活、文化祭編

生徒 ダン


 進路相談。学校に通う生徒にとって、避けては通れぬ事柄である。そしてそれは、エリート街道をひた走る超名門ホグナー魔法学校特別クラスの生徒も例外ではない。彼らはこの学校生活がすべてではない。


 この後の人生をどうエリートに過ごしていくかがより重要なのである。


 そして、それは教師側にとっても同じである。自分の手塩に育てた生徒たちの将来がどうなるか。彼らの存在価値は、まさしくそこで決まると言っていい。教え子が、この国に――いや、この大陸にどのように貢献するか。もしくは、挫折して悪の道にひた走るか。


 そして。


 特別クラスの教室の中に、1人の教師が座っていた。深青色のオーバーコートを着た白髪の男。隣には異様なほど美しい執事が控え、一見すると真面目な紳士のように見えなくもない。彼は、足を組みながら資料をペラペラとめくり、難しい表情を浮かべている。


 男の名をアシュ=ダールと言った。


「次、入って来なさい」


 低い声でそう呼び込むと、特別クラスの生徒であるダン=ブラウが神妙な面持ちで入って来た。


「座りなさい」

「は、はい」


 対面に座らされたダンに対し、アシュは視線を合わさずに資料に目を通している。


「ふむ……進路希望はナルシャ国の魔法省か。ダン君は、精霊召喚魔法が使えるからな。確かに、ここでは希有な人材だと言える。悪くはないんじゃないか?」

「……そうですか?」


 ダンは素直に賞賛されて、釈然としない表情を浮かべた。

 自分が優秀な生徒だと、思ってはいる。ナルシャ国有数の超名門魔法学校に通っているのだから、当然である。

 しかし、このクラスにはリリー=シュバルツという怪物がいる。その点、自分の実力が凡人の域をでないことを彼が一番理解していた。


「謙遜しなくてもいいよ。学力面も魔法面も申し分ない実力だ。後は、君が何をしたいかによるが」

「……そうですね。できれば、他国で働いてみたいとも思っていますけど」

「っと……それは、進路相談票には書いていなかったが」

「す、すいません。親の意向とは違ったので」


 ダンは慌てて謝罪する。あまりも、真面目なことを言われて、ついつい、口が滑ってしまった。本音とすれば、『やりたいことが特にない』と言った方が正しいかもしれない。他国であれば、自分が今所属しているクラスメートと比べられずに済むという想いもある。


「そうか……うん、いいんじゃないか」

「……えっ?」

「自分に合った仕事というものは、やりたいことをやるだけではない。周囲の人間関係、報酬、福利厚生なども大きな要素となり得る。いや、むしろそういう理由で働く理由の方が現実としては多いだろう」

「……」


 この人は、いったい誰なんだろうとダンはいぶかしむ。

 授業では滅茶苦茶。林間学校でも生徒に苦痛しか与えないキチガイ教師。それが、アシュ=ダールという男ではなかったか。こんなことを言ってはアレだが、正直言って調子が狂う。


「ダン君に合った国と言えば……ふむ、ダルーダ連合国などがいいんじゃないかな。あそこは、温暖な気候で住みやすいし、精霊召喚魔法の使い手が少ないので重宝されるから、職にも困らぬはずだ。数年は放浪などして自分を見つめなおしてもいい」

「……」

「ん? どうしたんだい? 他の国がいいかな?」

「い、いえ……意外でした。もっと、アシュ先生は……なんというか……」

「ククク……僕が厳しく責め立てるとでも思ったのかね?」

「は、はい」


 正直にダンは頷いた。目の前の教師は、あまりにも寛容だった。他の教師や親は、照準を一つに絞って、堅実な就職先への斡旋に必死なのに。


「……君は、少し周囲を気にしすぎる性質のようだな。重要なのは、自分がどう人生を豊かにするかだろう? 僕が君の生き方をこうだと決める権利もないし、その気も全くないよ」

「……」

「人の才能は人によって異なるし、何に価値観を持つのかも人それぞれだ。研究に情熱を注ぐ者もいれば、強くなることにその生涯を費やす者もいる。愛する人と一緒の時間を過ごすことに幸福感を感じる人もいるし、各国を巡って未知の経験に快感を覚える者もいる。僕は人よりも多く知識を持っているが、1人1人の価値観に対して意義を唱えるほど、浅はかではないよ」

「……アシュ先生」


 もしかしたら……随分この人を誤解していたのかもしれない。魔法使いとしての腕は大陸有数。悪魔召喚なども扱え、自分が精霊召喚の練習をしていた時には、熱心に指導してくれたものだ。


 この人は、ただのエロキチガイ魔法使いじゃない。


「そう考えてみると、教師として僕ができることは非常に少ない。僕からアドバイスことは、本当に自分のしたい生活がなにかを思い浮かべるのがよいと思うよ」

「……あの、ダルーダ連合国を見てみたいです。各国を巡ったことのあるアシュ先生がいいと思うのなら、僕としてもそこで生活してみたいです」

「そうか。ミラ、フェンライ君にこれを渡しなさい」


 そう言って、側に仕える美人執事に一枚の紙を渡す。


「あ、あの……それは?」

「ダルーダ連合国の国家元首であるファンライ君は僕と友達でね。推薦状を書いておいた。ひとまず生活してみて、気に入った仕事があれば、便宜を図って欲しいと依頼したものだ」

「……アシュ先生」

「勘違いしてはいけないよ。僕は君が優秀であるから、どこでもやっていけると思っているからこそ、紹介するのだ。誰にだって、こうやって便宜を図るわけじゃない」

「は、はい……本当にありがとうございます」


 ダンは晴れやかな表情をして、教室を後にする。そんな生徒の後ろ姿を眺めながら、アシュは悩ましげなため息をつく。


「ふぅ……やはり、人の進路を決めるのは大変だな……次、入ってきなさい」























 数日後、ダルーダ連合国でダンが指名手配になった。



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