順路


 サン・リザベス大聖堂。アリスト教徒巡礼の地であるこの場所に、馬車が降り立った。姿を現したのは、アシュ、ミラ、リリー、シス、タリア……そして、仮面を被った黒髪の魔法使いである。


「さて……到着したね」

「と、到着しちゃっていいんですか!? どうするんですか、これから」

「……リリー君。君は馬車の中でも外でもうるさいね」


 アシュは呆れるように金髪美少女を見つめる。車内、こっちはボードゲームでもしようと言っているのに、一向に聞き入れずあーだこ―だと一人で慌てている。


「まったく、戦いに来たわけでもないのだから、そう構えなくてもいいのに」

「た、戦いに来なくたって、敵の本拠地に突っ込んだら戦わざるを得ないですよね!?」

「なので、武器としてそこの仮面の魔法使いを連れてきたんだ。彼の護衛があれば、問題ない」

「……」


 アシュは一瞥もせずにそう答える。仮面の男の正体はロイドである。かつては自分の身変わりとして準備したので顔がアシュとまったく同じになっている。同じ顔が同じ館でウロチョロされても不愉快なので髪を染め、仮面をつけさせることにした。


「で、でもさっきからず―――っと黙ってますよね、この人。不気味なんですけど」

「……さっきからず―――っと君以外は黙っているから、不気味と言うならば、君の方だろう」


 アシュは呆れたようにため息をついて、歩を進める。良く晴れた日だった。一般の信者たちと同じように、並ぶ。


「な、並ぶんですか!? 一般客と一緒に?」

「当り前だろう。並ばなきゃ、どうやって入るのだね?」

「なにを言ってるんですか! そんな場合じゃないでしょう!? 一刻も早く助けに行くために、多少強引でも――」

「はぁ……僕は、リリー君みたいに、特権階級を与えられ続けて世間から甘やかされ続けて生きてきた存在ではないのだよ。庶民派の僕は、無意味に力を行使しない」

「グギ、グギギギギギッ」


 グリグリと金髪美少女を押さえつけながら、アシュは笑う。そんな彼女たちを横目に青髪の美少女も不安げな表情を浮かべる。


「で、でも……敵が私たちに気づいたら、攻撃されるのでは?」

「シス君。今の僕を攻撃できる存在が大陸にいると思うのかい? 力というものは争うために備えるのではないんだよ」

「……わかりません。じゃあ、なんのために力をつけるのですか?」

「抑止だよ」


 アシュはキッパリと答えた。相手に攻撃する気も失くすほどの戦力を備えれば、相手は攻撃をしてこない。相手が報復を脅威に思うほど、攻撃すると思い込ませれば相手は迂闊に攻撃してこない。彼はそう主張する。


「はっきり言って、君たちはナメられている。所詮は、学生の域を出ない甘ちゃんであると。まあ、当然だな。リリー君もシス君も敵を倒す力はあるが、敵を殺す意志はない。その点、彼らは非情だ。だからこそ、君たちは彼らを恐れるのだろう?」


 非情であるということは、時に大きな抑止となる。相手が手段を択ばぬ相手であれば、誰でも手を出すのを躊躇する。リリーもシスも、強さは十分だが非情さは足りていない。


「……だったら、どうすればいいんですか?」

「簡単だよ。ナメられないようにするんだ。相手が、こいつを敵にしたら脅威だと思わせるのだ。僕はそう言う意味だと、不本意ながら敵に恐れられ続けているからな。僕に歯向かおうと考える愚かな者は、ごく少数だ」


 若さゆえ恐れを知らぬローラン。最近めっきり影が薄くなっているライオール。そして、アリスト教の大司教ランスロット。まあ、このぐらいであるとアシュは答える。


「力と言うのは使えば野蛮だ。しかし、使わずに相手をけん制することができれば、最も平和的な道具となる。僕は中位悪魔を2体召喚できる。大陸最高峰の実力のミラ、そして同等の実力を持つ仮面の男がいる。この状況で彼らが僕に対抗できると思うかい?」

「……」


 リリーは悔しそうに首を横に振る。確かに、アシュの戦力を見れば、彼女ですら勝てる可能性は皆無だ。


「なにより、僕は歯向かってきたら、徹底的に反攻してきた。敵の何万倍にも返してね。彼らは僕がどれだけ非情なのか、身に染みているんだよ。客観的に見て大陸一の戦力を保有し、反抗する者には徹底的に殲滅する。そんな僕に、彼らができることと言えば、油断と隙を狙いながらつけ狙うことぐらいさ」


 そんな者たちは普通、反抗しないものだが、そこが彼らアリスト教原理主義者の滑稽なところだと笑う。信念を貫くために、信念を捨てることを正当化するのだから。そんなアシュを眺めながら、青髪の美少女は受け入れがたい様子で下を向く。


「……相手に脅威を与えるぐらいの非情さを身に着けろということですか?」

「現実的には、そうなんだろうな。もしくは、非情さを持つ者を側に置いて行使させるか。しかし、シス君はどちらも嫌なのだろう?」

「……」

「はぁ……シス君はこれから、大変だろうな。君はあまりにも優しくて、甘すぎる。その癖、潔癖で自分の嫌がることを人に押しつけることもできない」

「……」

「だったら、どうするのかは君が決めればいい。やりたかったら、やればいい。やりたくなければ、やらなければいい」


 シスはハッとアシュを見た。それは、テスラが言った言葉と同じだった。自分の意志を曲げてまで、非情になるぐらいだったら、自分の意志を貫き生きなさいと白髪の魔法使いはシスの頭を撫でる。


「リリー君、僕はその点では君の心配はしていない。君は遅かれ早かれ僕らと同じ道を辿る。君はどこまでも非情に、残酷になれるだろうから」


 闇魔法使いは歪んだ笑みで笑う。


「……そんなことはありません!」

「なら、テスラ先生のようになるかい? 君は彼女の自己犠牲を見て理解できなかったはずだ。明らかに君はヘーゼン=ハイム寄りの思考だからね」


 リリーはシスとは違う。それを、アシュは明確に示した。かつて、ヘーゼンはアシュに言った。『遅かれ早かれ、お前は私と同じ道を辿る』と。そして、アシュはリリーにこそ同じ言葉を贈る。


「……」

「自分を認めたまえ。君の個性と我はあまりにも強すぎる。自分がやりたいことの障害をぶち壊さずにはいられない。我慢するという行為そのものが我慢できないんだ」


 ヘーゼンがそのようにアシュを育てたように、アシュもリリーをそう育てたから。誰よりも高みを目指し、追い続け、求めるだけの存在に、彼自身が起爆剤となり続けたのだから。


「……そんなことは……ありません」

「ならば、ヘーゼン先生までの高みには到底追いつけないだろうな。リリー君……リリー=シュバルツ。君は、そんな自分が許せるかい? 赦せないはずだよ」


 その漆黒の瞳は、彼女に逃げることを許さない。


「……あなたに言われなくたって別の方法で」

「無理だ。生半可な道じゃない。僕にも歩めぬ狂気の道だよ。別の方法? そんなものないよ。甘えるな。甘えることを許すな。君はあの人が歩む道をトレースすることで、新たな扉が開かれるのだ」

「……」


 まあ、強制はしないがね。そう白髪の魔法使いは歪んだ笑みで笑った。アシュは異なる才能を異なる方法で弄る。リリーはアシュを殺すために、そしてシスはアシュを救うために、いずれアシュを壊すだろう。そんな未来を願いながら、彼は笑う。そして、そんなことを話しているうちに最前列まで到着した。


「おっと。長話だったね。並ぶのもたまにはいいだろう?」

「5名様ですか? あの順路ですが――」

「それより、君。大司教に伝えてくれ。『アシュ=ダールが来たと』それだけでいい」


 闇魔法使いは、ニヤリと笑った。
















「……あの、私はただの受付なので、そんなことできないんですけど」


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