幕間 ランスロット
サン・リザベス聖堂は日々、数千人もの信者が巡礼に訪れ、神に祈りを捧げる。街ほどある広大な敷地のため、順路通り歩くだけで3時間はかかるが、その列は規定のある8時から19時まで途切れることはない。先日、大司教になったばかりのランスロット=リーゼルノは、巡礼者に向かって正十字をきる。
「あなたに神のご加護が届きますように」
伝統的な白の法衣をまといながらも、彼の若々しい身体は生命力に満ち満ちていた。その朗らかな瞳は、巡礼者に安堵と安寧をもたらし、誰もが満足顔を浮かべて帰っていく。
「少し休憩されては?」
従者のアーノルド=バリィが心配そうに尋ねる。ランスロットはかれこれ丸11時間、立ちっぱなしで巡礼者に祝福をしている。未だ35歳の若さとは言え、さすがに見過ごせぬオーバーワークぶりだ。
「いや、まだまだいけるよ。新米大司教だから、張り切っていかないとね。それに、巡礼者の方々の顔を見るのは好きなんだ」
その明るい振る舞にホッとしつつも、自分の体調を省みる性格ではないので、注意しようと従者は心でつぶやく。
そんな中、遠くの巡礼者たちが次々とひざまずいていく。その先には、こちらに歩いてくるテスラの姿が見えた。ランスロットは、フッと息を吐いて、彼女の下へと歩く。
「これはこれは……よくぞ来てくださいました大聖女」
朗らかな表情とは裏腹に、言葉には明確な敵意が存在していた。
「……大司教になられたそうですね。おめでとう」
「ありがとうございます。若輩者ですが、サモン大司教の志を継ぎ、励んで行こうと思っていますよ。どうぞ、今後ともお力になって頂ければと思います」
「ええ。共に頑張って行きましょう」
彼女もまた満面の笑みを返す。
「では、早速お伺いしたいことが。なぜ、シス=クローゼを殺さぬのです? あなたであれば、造作もないことでしょう」
ランスロットは満面の笑みで尋ねる。
「……彼女は悪い人間ではありません。むしろ、敬虔なアリスト教徒信者であり、彼女を導き説得するのが最も平和的な手段であると判断しました」
「敬虔なアリスト教信者ですか……フフッ、もしその話が本当ならば、彼女は迷わず自身の心臓を差し出すでしょう。なぜ、それをせずに今もなお生きながらえているのですか?」
「神を信じる者に、自らのすべてを差し出せというのは、神にしか言えぬことです」
「フフッ……あなたは相変わらず、理想しか謳わぬ平和主義だ。そのおかげで、あなたの手はいつも綺麗なままだが、代わりに別の者の手が汚れる……誰のことかわかるでしょう?」
「……」
「サモン元大司教……あなたが息子として育てた彼を殺した者、アシュ=ダールに対し、あなたは愛と寛容の精神を遺憾なく発揮されてましたよね。さすがに、神経を疑いましたよ」
互いの笑顔とは裏腹に、殺伐とした空気が一帯を支配する。アーノルドは、待っている巡礼者たちを慌てて退出させ始める。
「……ランスロット、彼の意志は恨みを晴らすことではありません。彼の意志がどこにあるのかは、あなたが今後彼と同じ道を歩いて見つけて行かなくてはなりません」
「兄のことを語られるのは非常に遺憾ですね。これ以上、なにか口を開けば、あなたも彼の下へと導いて差し上げますよ」
「だ、大司教!」
従者が慌てて間に割って入り、ランスロットは大きな声で笑いだす。
「ハハハハハッ、冗談だよ。なにも、こんな不毛な争いで大司教と大聖女がことを構えるわけがないじゃないか」
「そ、それならいいですが」
「しかし、テスラ様にはせめて我々の邪魔をしないで頂きたいですね。あなたのお綺麗な手には汚濁は似合いませんからね。それは、私たちで引き受けますから」
「……アシュ=ダールは最高峰の闇魔法使いです。いたずらに、攻めたとしても殉教者が増える結果となるでしょう」
「別に彼などどうだっていいです。私の使命は聖櫃であるシス=クローゼの奪還です。アシュなどは、彼女と一緒についてくるようならば排除すればいいだけのことです」
「……」
「なに……私も単独で彼と対峙しようと思っているわけではありませんよ。新たな十二使徒も選別しました。もちろん、セナのような無能とは違い、より実力に特化した精鋭をね」
「……」
「まあ、見ててくださいよ。アリスト教を束ねる大司教として、ふさわしい行動をしてみせますよ」
大司教は最後まで笑顔を崩さなかった。
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