見解の相違


 アシュが特別クラスの教室に登場してからすでに15分が経過していた。一向に進まない授業に、生徒たちが辟易する中、それでもテスラは笑顔で仕切り直す。


「では、そろそろ授業を開始しましょうか」


 統治学の教科書を開いて、ホワイトボードに書き写す。


 今回の内容は、ダルーダ連合国の前身国家である『ジャサーバ王国の存亡』に関する内容だった。最後の王朝であるリダプール=ジャザーハ王の行った政治について説明する。


 小さな島々の集合体であるこの国は、貿易で莫大な富を築いていた。しかし、リダブールが、40代で王位につくと状況は一変する。たび重なる天候不順による船舶の難破。原因不明の疫病が蔓延し、それによって飢饉が起きた。しかし、リダブール王は、それに対してなんら関心を示さずにひたすら豪遊に耽った。


 溜まった民衆の不満を寄せ集め、反旗を翻し、ついにジャサーバ王国を打倒したのが、ダルーダ連合国元首であるフェンライ=ロウである。


「……ジャサーハ王国ほどの裕福な国家ですら、統治者が腐敗していれば崩壊するのです。みなさんの多くは、やがてこの学校を卒業して統治側に行かれることでしょう。その時には、常に民衆のことを考えた政治をしてください」


「「「「はい!」」」」


 いい返事。どこかの某性悪教師に対しては見られない素直な、すごくいい返事である。


「……本当ですか?」


 しかし、それに反して大聖女は疑問を呈す。途端に、生徒たちは質問の意図が読めずに困惑の表情を浮かべる。


「当たり前じゃないですか! というより、それは当たり前の行動です!」


 ダンが意気揚々と答える。最近、付き合っていた彼女と別れた彼は、目の前の絶世の美女にメロメロである。授業後は、職員室に出向いて密かに個人授業で手取り足取り教えてもらおうとするエロ生徒である。


「そう……当たり前です。しかし、これだけは覚えておいてください。当たり前の行動は決して簡単な行動ではないということを。過去の歴史を見ていればわかります。当たり前であるはずの善政を敷いた為政者は、大陸史上でも数あるほどしかいないのです」


「「「「……」」」」


 彼女の言葉に生徒たちの返事はない。


「統治者にとって、民衆とは慈しむべき者。もっとも尊ぶべき者です。彼ら無くして国というものは成り立つことは決してありません。彼らの声に耳を傾け、彼らのために全身全霊をもって行動してください。そうすれば、彼らはあなたたちの真摯な行動に報いてくれるでしょう」


「「「「はい!」」」」


 またしても、いい返事。やっぱり、どこぞの某根暗教師を選ばなくてよかったと心からの想いが弾けたような、いい返事である。特別クラスの全員が、テスラの授業に賛同し、尊敬の念を向ける。


 ……ただ、一人を除いては。


「ククク……」


 教壇の隣で高級椅子に座りながら、キチガイ教師は嘲るように低く笑った。


「なにか、異論でもありますか? アシュ先生」


「ああ、大いにあるんだが、まあ僕は副担任という身分であるから発言は控えることとしようかな。あんまり、でしゃばって担任であるあなたに恥をかかせてしまっては申し訳ないからね。なあ、ミラ」


「すでに、副担任とは思えないほど、また、常人とは思えないほどでしゃばっているので今更かと思いますが」


「……と、言うことだ」


「……」


 なにが『と、言うこと』なのかが、大陸中に存在する書籍の9割をインプットしているミラの頭脳でもまったく解析不能であった。


「ここで議論に華を咲かせてしまっては生徒たちの授業の妨げになってしまうので、終わった後に職員室……いや、夜景の見える高級レストランで手取り足取り……それで、どうかな?」


 エロ魔法使いは、卑猥な言葉をオブラートに包んで言い放つ。


「仰っていただいてかまいませんよ。物事には多種多様な意見があるでしょうし、私の見解が絶対だということもありませんから」


 当然のごとく、そんなお誘い発言は完全に無視して、テスラはいつもどおり美しく微笑む。


「……なるほど。閉鎖的な一神教であるアリスト経信者とは思えないほどの寛容さだね」


 さりげなくフラれた非モテ魔法使いもまた、フラれたという事実をなかったことにして話を進める。


「あなたはアリスト経信者を誤解していますね。私たちが絶対的に神を崇拝しているのは事実ですが、他の意見を取り入れないわけではありません」


「別に誤解していないと思うが。客観的なデータからそのように言っているだけで、あなたがそれに目を背けているだけではないかなというのが、僕の見解ではあるがね……まあ、それは今この話では関係ないか。じゃあ、僕が思う民衆の定義について意見を述べさせていただこうかな」


「どうぞ」


 そう言われると、白髪の魔法使いは悠々と立ち上がって、生徒たちの前で歪んだ笑みを浮かべた。





























「民衆とはゴミだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る