弱点

 遡ること、国別魔法対抗戦。一回戦で自分たちの教師から毒を盛られた生徒たちは考えた。絶対権力者と称するキチガイ教師に対抗するにはどうするか。


 当然、リリー(突発的クレーマー娘)とシス(キチガイ教師に好意を抱くトンデモ娘)は除く。


 彼らは独自のアイコンタクトとボディラングエジで生徒同士が秘密裏に会話できる暗号を創り上げた。もともと、超優秀な才能の塊である彼らには造作もないことである。


           *


「……故障かな?」


 そんな事実など知る由もなく、有能執事の至極真っ当な指摘に、闇魔法使いは彼女が壊れていないか心配をする。自分が最弱であるなどと、天地天命に懸けて認めない驕り高ぶり魔法使いである。


「アシュ様はご自分の――「わかった。とりあえず、黙りたまえ。後で、精密検査するから」


「……かしこまりました」


 破滅しろ、と心の中でミラは思う。


 一方、生徒たちの造反は各地で秘密裏に、着々と進められているのであった。アシュ陣営の生徒たちの共通認識としてあったのは、『ワザと負けよう』であった。巧みに負けて、テスラを正担当にしようと画策していた。しかし、彼らもそこまで大っぴらに背信行為は行わない。あくまで、ハプニングや体調不良を装って負けを演出しているのだが、テスラ陣営の配置がヤバすぎて、ときには勝利せざるを得ない場合がある。


 アシュ=ダールという教師は、壊滅的な人望をしていた。唯一、従うとすればシスとナルシー、そしてミランダのみ。実質、37人対3人の戦いである。造反率が8割を超える軍など最弱通り越して自ら負けに言っているようなもの。そして、単なるチェスでなく、カッコつけて即興で自分が最も不利になるようなゲームを提案したのは、もはや滑稽通り越してお笑い。言ってみれば、お笑い最弱軍である。


 ……結果として。


「ああ、まったく。ダン君はなにをやってるんだ。地面の石に転ぶなんて、机上の理論ばかりだからこんなことになる」


 となり。


「ジスパ君は調子が悪そうだね……日頃の体調管理を怠るなんて減点だな」


 となり。


「くっ……サラ君はなぜ、そこにいるのに気づかないのかな。察知能力がないというかなんというか……いや、まぁそれはあちら側の奇襲であったわけだから仕方なくもあるが」


 となる。


 しかし、当の本人はまったく気づかない。彼の中では、生徒たちは『チェスの駒』としかみなしておらず、裏切りなどルールブックの外である。


 人間チェスの『人間』という部分の心情的なところにかなりの弱点をもつ。要するにカリスマがまったくない。人間的な魅力が皆無なので、上に立てばほぼ裏切られるという器皆無魔法使いである。


 唯一、それが見抜けるのはミランダであったが、こちらもアシュと生徒たちの板挟み状態。間をとって、『自分は一生懸命やるけど、生徒たちの不正は傍観する』という選択に至った。


 絶対に負けられない条件最悪陣営と絶対に負けたい条件最高陣営の戦い。


「くっ……なぜだ。圧倒的な戦力差にもかかわらず、なぜ押されているのだ……」


「……」


 しかし、裏切りに気づかず、慌てふためく様子を眺めながら、ミラは『ああ、この人は優しくなった』とも思った。


 元弟子だったデルタ=ラプラスも指摘していたことだが、この魔法使いは身内に甘いところがある。口では裏切りは許さないと断言していても、そのペナルティは校舎100週など他の敵対者と比べて軽いものだろう。そして、生徒たちもこの一年の付き合いでなんとなくそれを肌で感じている。


 悪い言い方をすればナメられており、いい言い方をすれば仲が深まっている。それが信頼関係と呼べるのかどうかは果てしなく疑問ではある。しかし、生徒たちはもはや、この教師を恐怖の暴君とみなしてはいなかった。


 アシュは敵とみなした者、もしくは利用する者には徹底的に防衛線を張るが、いざ敵対心を緩めると問答無用で信頼してしまう。


 それは皮肉にもデルタ=ラプラスによって露呈した弱点でもあった。裏切った元弟子に対して、奴隷にして飼育しようとは考えていたが、命を奪おうとまでは思っていなかった。そして、アシュは最後の瞬間までデルタを守ろうとした。それは、アシュの強く脆い二面性を如実に表していた。


 以前は、ごく少数にしか心を許していなかったので、弱点と呼べるほどのものではなかった。交友関係が極端に少ない引き籠り魔法使いには、心を許す者は一人か二人ぐらいしかいなかった。しかし、特別クラスの生徒たちと過ごすうちに、アシュの凍てついた心を次第に溶かしていると有能執事は分析する。


 しかし。


「ぐああああああああああ、なにをやっているんだ! 無能……無能すぎる……なぜ、我が軍が……我が軍は最強のはずだ……なぜだ……」


 予想以上にのたうちまわりながら、醜く苦悩するアシュを眺めながら……


「……」


















 あっ……気のせいだわ、とも思うミラだった。






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