最弱
一方、テスラ側の陣営。こちらもすでに配置は完了していた。両陣営とも、王(アシュとテスラ)位置は把握しており、あとは駒(生徒)をどのように動かすかによって、勝利は決まる。しかし、そんな中でテスラにもっとも近い位置を余儀なくされている金髪美少女(
「な、なんでですか!? 私も勝利に貢献したいのに……」
テスラがリリーに課したのは、聖闇魔法の禁止、四属性魔法以上の禁止、召喚魔法の禁止である。
「聖闇魔法など、あなたが使用する魔法は生徒のレベルを超えています。大切なクラスメートを危険にさらしてしまう可能性があるので、そこはキチッと考えてくださいね」
「でもでもでも! もし私が死にそうになったらそれは正当防衛で使わざるを得ませんよね?」
要するにこの美少女は、『やむを得ぬ事情だったら殺してもルール上負けにならないですよね』と言っている。
「そんな事態には私がさせません」
「テ、テスラ先生が参加したら負けちゃうじゃないですか!?」
「敗北と生徒の死……天秤にかけるまでもないでしょう?」
ニッコリ。
「ぐっ……わかりました」
常に聖母すぎる正論に、全然納得いかない顔で引き下がる。負けることが死なほど嫌いな彼女は、歯を食いしばりながらグギギギ顔を崩さない。いや、理屈ではわかっている。リリーもさすがにクラスメートを殺す気はないので使う気はない。しかし、それでもなにかを制限される戦いというのには、どことなく抵抗を持たざるを得ない。
とにかく、全力を尽くせないということが、尋常じゃないほどのストレスを彼女に与える。
「まだお話しは終わってませんよ。あなたは主に私と生徒たちの伝令役を務めてもらいます」
「な、なんですかそのつまらなさそうな仕事は?」
「大事な仕事ですよ。あなたの情報で、みなさんの命運が決まるんですから」
「でも、それって戦闘に参加できませんよね?」
「まあ、基本的には」
「それって、すっごく退屈じゃないですか?」
「退屈なことをあえてやらなければいけないこともあります。リリーさん、あなたが一番学ばなければいけないことはなんだかわかりますか?」
「わ、わかりません! 私としては、筆記試験も実技試験もトップクラスですし、国別対抗戦でもMVPでしたし……」
「忍耐です」
「……っ」
なんだそれは。めちゃくちゃつまらないじゃないか。とんでもなく退屈じゃないか。果てしなく苦痛じゃないか。そんな不満を全身全霊で表情に出す忍耐皆無美少女。
「あなたに限ったことではないですが、このクラスは将来大陸にとって指導者的な立ち位置を期待されています。ときには、裏方に徹して周りを活かすということも覚えた方がいいのですよ」
「そ、それが私である必要性がありますか!?」
裏方など、生まれた時点でやったことがない。学芸会の劇では常に主役。運動会では常に一番。学力テストでも満点を欠かしたことがない。人生の全てを表舞台のトップ役で過ごしたいと考えている稀代の自己顕示欲MAX美少女である。
「あなたは圧倒的に忍耐力がありませんから」
ニッコリ。
「ぐっ……」
その発言は、我慢できなくて反論しようとしたリリーの言葉を封じた。
「忍耐ですよ」
「わ、わかりましたよ! 私は裏方をやっても、トップをとってみせます!」
「いや、トップとかありませんから」
「ぐっ……と、とにかくやります」
半ばやけくそ気味に叫びながら、金髪美少女は陣営から離れて行った。
「ふぅ……」
テスラは誰もいない空にため息をつく。たとえ、制限をかけたとしても、それがリリーの優秀さを封じ込めることにはならないのに。もともと彼女の能力は突出し過ぎている。
「……」
それにしても、あの闇魔法使いはなんて恐ろしいことを教えるのだろうと、テスラはため息をつく。リリーのような危険な存在には倫理観による抑制こそが人格形成において必要なことであるのに、見事にそれを破壊している。
自己の脳内に自制機能がなければ、どれだけの才能を秘めているところで、末路は破滅だ。しかし、彼は両親から、友達から、他の教師から教えられた倫理観を破壊し、アシュ=ダール式の教えで脳内を満たした。意図していたかどうかはともかくとして、リリーの行動原理は彼への否定と肯定でできている。しかも、その支障となる不純物がいっさい排除された状態で。
彼女の他にも、テスラの配置は適材適所とはかけ離れたものだった。チェスでいえば、
これは、アシュの教えと似通っているようで、根本的に違っている。彼は、適材適所という大前提を崩してはいない。その資質を見抜き、できると思っていることをやらせる。逆にいえば、できないと思ったことを無理にやらせるということをしない。一方でテスラは明らかに資質がない役割を与えて、生徒自身の成長を待つ。
困難に打ち勝つことこそが、人を成長させる手段だと疑わぬ教師は、あえて生徒たちにとって難題を与える。
*
「ククク……愚かな、なあミラ」
水晶玉でテスラの配置を眺めながら、アシュがつぶやく。
「はい」
「彼女は根っからの理想主義者だからね。人というものの可能性を疑わないのだろう」
アシュは人の根本が変わるとは思っていない。どうしてもその人の根本を変えようとするのなら、一度壊さなくてはいけないと過去の経験から物語る。
「はい」
それには、有能執事も同意せざる得ない。おそらく、彼女はチェスの素人。しかも、人の配置すらまったく真逆だ。そして、そもそも彼女は勝ちに対してすら執着していない。人として、教育者としては模範となるような人物ではある。
しかし、このゲームの指揮官としては最弱の烙印を押さざるを得ないだろう。
対して、チェスでアシュに打ち勝つ打ち手は大陸を見渡してもそうはいない。勝ちに対しても猛烈にこだわっており、人の配置も適材適所で今の時点では完璧である。
「最強対最弱か……これでは勝負にならないな。ククク……クククククハハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ!」
バンバン。
バンバン。
嬉しそう。めちゃめちゃ嬉しそうに高笑いながら、足を地面に何度も叩きつけながら笑うキチガイ魔法使い。
「アシュ様、それは違います」
「ん?」
「この勝負は最弱対最弱の最弱王決定戦です」
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