開始
戦略と戦術は異なる。戦略は、戦いに勝つために兵力を総合的・効果的に運用する方法。戦術は、戦いに勝つための戦地で兵士の動かし方など実行状の方策のことを言う。要するに前者は大局的、後者は局所的な要素が大きい。
アシュはやはり極端で、戦略は圧倒的に苦手で戦術は超得意だ。必然的にチェスのようなゲームを好む。要するに、視野が狭く全体のことを見通すことができない一点集中型タイプ。そこの穴埋めをするために、有能執事のミラを作り出したのだが、たびたび言うことを聞かずに、失敗して、『死ねばいいのに』と心の中でたびたび罵倒される日々を過ごしている。
「おおむね配置が終わったようだね」
「は、はい!」
ミランダ=リールの返事は硬い。すでに、生徒たちには一通りの指示を与えていた。そして、生徒たちの光景は水晶玉に映し出される。
「君には、彼らに僕の意思を伝える伝達役になってもらう」
闇魔法使いはダージリンティーを飲みながら笑顔を浮かべる。
「……どうして私なんですか?」
ミランダは正直に不満を表明した。要するに、この仕事は使いっ走り。彼女は将来官僚を目指しているが、一つ一つの授業で目立たないことには、卒業後によい部署にはつけない。国別対抗戦では代表メンバーに選ばれて奮戦した彼女だったが、欲を言えばもう少し箔をつけておきたいところである。
「君は、出世したいのだろう?」
「……はい」
「だったら、宮仕えも覚えておきなさい。ジスパ君とで迷ったが、彼女はすでにそれに長けているからね」
「私は……」
と言いかけてやめた。ひたすら、魔法使いとしての実力をあげてきた。寝ても起きても魔法の勉強さえすれば、上に上がれるんだと信じて。
「……平民出身の君には奴隷根性が住みついている。貴族に飼われるという立場から脱却できていないと言ってもいい」
「なっ! そんなことありません」
ミランダは心外そうに訴える。
「下級貴族であるジスパ君はすでにわかっていることだ。だからこそ、彼女は、日頃教師たちなどへのおべっかを欠かさない。しかし、君はそういう媚びへつらいをしたりはしない。いや、そもそもそんな発想を軽蔑すらしている」
「……」
闇魔法使いの指摘は非常に的を得ていた。彼女は教師や上位貴族だけにいい顔をするジスパのことを心の底でバカにしてさえいる。
「平民出身の魔法使いが宮仕えするというのはそう言うことだ。魔法使いとしての実力は十分。では、上に上がれるかと言えばそうでもない。すでに貴族の上下関係は大きく決まっているのだから」
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
アシュの言っていることは、大きな矛盾をはらんでいると思った。彼自身は実力至上主義の申し子で、貴族の家柄などなんとも思っていない。それなのに、目の前の生徒にはまるで逆のことを教える。
しかし、この闇魔法使いはこともなげに笑うだろう。
物事の側面は一つではない。親や教師は子どもに理想を教え、やがて成熟すれば現実を教える。道理のわからぬ時期にはまず道理を教え、その道理を習得すればそれを壊しにかかる。
アシュもまた同じ方法を使ったに過ぎない。理想論の申し子であるリリー=シュバルツには徹底的に現実を叩き込む。ジスパなどの現実主義的な生徒たちには魔法使いのあるべき姿を高らかに謳い上げる。
アンチテーゼこそが人を成長させる手段だと疑わぬ教師は、同じ境遇の平民美少女に優しく諭す。
「君が貴族を飼い慣らすんだ。どの情報で動かせばいいか、どの情報を与えてやればいいかを選んで、無能な彼らを上手く動かすんだ。今回は、僕のそばにいて、それを学びなさい」
人をどう動かすか。その視点は本来最下級の平民には身につかない能力だ。自身の能力を上げて、どう自分がいいパフォーマンスをするか。それはある意味では美徳であるが、ある意味では欠点であるとアシュは指摘する。
それは、かつてアシュが師匠であるヘーゼン=ハイムに言われたことでもあった。アシュ自身が平民だというコンプレックスを持たぬようにした彼なりの配慮であったが、そもそもヘーゼン自身が『家柄だけの無能貴族などゴミ』と言い放つほど超絶上から目線だったので、必然的にゴミのようなアシュが出来上がったという形である。
「……わかりました」
ミランダは頭のよい生徒だ。納得はできないが、よくそれを頷き、後で考察するという手段を持っている。今は理解できなくても、数日後には必ず理解できると教師は確信した。
「よろしい」
素直に聞く平民美少女の頭を優しく撫でて。
「……」
少し頬が赤くなる美少女に気づくことなく、闇魔法使いはダージリンティーに口をつけた。
「さて……お手並み拝見といくか」
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