限界



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 繰り返し放つ魔法の矢マジック・エンブレムはことごとく防がれ、返される。単調とも言えるのほど繰り返し。受けるダメージは決して重くはないが、さすがに大きく蓄積してきた。


 ゼノスはこれ以上ないくらい幸せだった。自分を出し抜いた闇魔法使いを傷つけられることに。このまま、ジワジワと、いつまでも傷つけていたいという想いに駆られる。


 一方。


 レイアは言いようのない不安に襲われる。いくら実力で圧倒したとしても、この闇魔法使いが、こんなことで倒せるのだろうか。


「なんか……変じゃない?」


「なにがだ? 仮に私が相手の立場でも同じ戦略をとるね」


「……」


 そう。強力な魔法のタメができない以上、この戦い方をとるのが定石である。一定の反撃は食らうが、相手側もタメができないので致命傷を喰らうことがない。現にアシュは隙をついてこの部屋から脱出しようとしたり、状況の打開に抜け目がない。


「ヤツの優位性を使った戦い方だよ。このままでいいんだ」


「……」


 確かに、相手は不死。その優位性をもって、こちらの魔力の減少を狙っている可能性は高い。しかし、その傷は相当なものだ。すでに、流れて落ちている血は致死量を確実に超えている。現にその動きは止まっていないが、だいぶ鈍くなってきた。


「はぁ……はぁ……」


 それでも、アシュは魔法の矢マジック・エンブレムを繰り返す。全力で動き回り、ただ同じ行動を何度も何度も。


「レイア、騙されるな。ヤツは私たちが迷っていることを狙ってるんだ」


「……」


 確かに、そうとも考えられる。これだけ愚直な行動を不審に思わせ、戦略の変更を選択させる。


「このまま動けなくなるまで同じことを繰り返す。それだけで私たちは勝てる」


 ゼノスの言うことは至極もっともだ。あきらかに、あちらの消耗の方が激しい。一方、こちらはまだまだ余力がある。


 アシュが完全に。


 足も腕も。


 指すらも動かせなくなったとき。


 勝負はつく。


「フフフッ……勝負に奇策が必要な者は弱き者だけだ。強き者には必要ない。変更はない。君はこのまま魔法壁を張り続ければいい」


 ゼノスはそう言いながら、アシュに次々と魔法の矢マジック・エンブレムを放つ。それは確かに彼の身体を蝕み、傷み、動きを封じていく。


「……」


「どうした、見たかったんだろう? やつの悶え苦しむさまを。ひざまずき、くずおれて、泣き叫び、これまでの凶行に悔い嘆く姿を」


「……」


 そのはずだった。


 そのために自分の全てをかけた。


 しかし。


 血を滴り落としながら喘ぐ姿を。


 その必死にもがくそのさまを。


 どうしても嘲笑えない自分がいた。


 やがて。


 アシュの足が止まり。


 魔法を放つ腕も上がらなくなった。


「フフフ……どうした、もう抗わないのか?」


「はぁ……はぁ……」


 身体は崩れおち。


 地面へと寝そべる。


「だいぶ粘ったな。こちらが崩れることを見越した長期戦だったんだろうが、アテが外れただろう?」


「はぁ……はぁ……ククク……」


 それでも。















 アシュは不敵に笑った。

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