ヘーゼン


 学術都市ザグレブ中心に位置する屋敷の窓に、一羽の鴉が止まる。洋筆紙にペンを走らせながら、ヘーゼン=ハイムは煩わしげに窓を開けた。


「……誰だ?」


「久しぶりだな」


 黒い鴉は流暢に話しかける。


「……死者の王ハイ・キングか」


「ふふふ、まったく。本当に恐ろしい男だな」


 一言だけで正体すらも見破る最強魔法使いに、思わず感嘆の声をあげる。鴉を伝達に使う魔法使いは多数存在する。どこで、どの時点で気づいたのかもわからない。しかし、この男は断定してゼノスであると気づいた。


「なんの用だ?」


「アシュ=ダール……」


 そうつぶやくと。


 初めてヘーゼンはペンの動きを止める。


「その様子だと、少なからず因縁があるようだな」


「奴がそこにいるのか?」


 その声は。


 異様な圧力を発し。


 樹々がざわめき。


 離れた場所にいるはずのゼノスの全身に。


 圧倒的な戦慄を覚えさせる。


「……単刀直入に言おう。アシュ=ダールを殺すために、弱点が知りたい」


「簡単だ……」


 こともなげに答える。


「ふっ……そうこなくっちゃ。どうすればいい?」


「私をそこに連れて行けば、奴を必ず封じてみせる」


 その冷たい言葉に。


 ゼノスは心から恐怖を覚える。


「……それはできないな」


「なぜだ?」


「巻き込まれてはかなわん。どうせ、私も狙うのだろう?」


「まさか……約束しよう。奴だけだ……奴だけを……奴だけは……殺さねばならない……それが私の使命だ」


「ふふふ……よほど恨みを買っているとみえるな。しかし、貴様は信用ができない」


「……だろうな。奴の弱点だったか?」


「ああ」


「言いたくはないが、闇魔法使いとしては化け物だよ。そして、本当に性格が悪い。あんなに性格の悪い奴は見たことがない」


「……それは知っている」


 心の中で、目の前に似たような者がいるという言葉を、以前、殺されそうになった死者の王ハイ・キングは必死に抑える。


「……奴は物理的な攻撃では死なない。不死の魔法使いだ」


「バカな。不死の者などいるわけがない」


 それは、研究者であるゼノスの譲れぬ部分だった。レイアの記憶を覗き、身体を貫かれても死なぬことは知っている。しかし、不死と言うのは有り得ない。それは、死について幾百年も研究している彼の自尊心である。


「信じる信じないは関係ない。貴様が奴と闘うときは、決して殺そうとするな。奴を殺すのではなく封じろ」


「……それは貴様が殺したいからということではないのか?」


「違う」


 その発言に躊躇いも迷いも感じられない。しかし、同時にこの最強魔法使いの発言を鵜呑みにしてはいけないとも感じた。


「……あと、これを持っていけ」


 ヘーゼンは引き出しの箱から青い水晶を取りだして、鴉のクチバシに咥えさせる。


「アシュの弱点になり得るかもしれないものだ。お前なら使い方がわかるだろう? それで、奴の心を殺せ」


「……わかった」


 深くは聞かない。この男はすでに頭の中でアシュ=ダールを殺している。以前よりもその牙は、はるかに鋭くなっている。これ以上この最強魔法使いと接触することは危険だ。


死者の王ハイ・キングよ。もうひとつだけ忠告しておく」


「……なんだ?」


 ヘーゼンは不敵に笑いながら言った。















「アシュは……奴は、強いぞ」

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