単純
「……はは」
乾ききったエステリーゼの笑い声が、静まり返った職員室内に木霊する。
「ふっ……あまりにもロマンティックな発言に言葉を見失っているようだね」
「……アシュ様は、完全に我を失っているようですが」
先ほど主人が放った発言と昨日の事実を繋ぎ合わせるとするならば、『一晩中、官能小説を読み耽りながらエステリーゼのことを思い浮かべていた』ということになる。
確かに嘘はついていないのかもしれない。
いや、むしろ嘘であればいいと、執事のミラは願った。しかし、裏でそんなおぞましい出来事が起きているなど知る由もなく、
「「「「「……」」」」」
教師一同はただ、目の前の発言にドン引いていた。
「おや、そこの可愛らしい少女は見たことがないね」
そんな周囲の視線など、まったく気にもせずにアシュはナルシーに気づく。
「は、は、はじめましちぇ!」
緊張のあまり噛んでしまう黒髪美少女。
「……特別クラスの新しい生徒、ナルシー=デンドラです」
代わりに副担任のエステリーゼが彼女を紹介する。
「ほぉ」
「……」
上から下まで撫で回すように視線を動かすエロ魔法使いに、ガチガチに緊張した会話もおぼつかない黒髪美少女。
「エステリーゼ先生。ナルシーさんを、教室へ連れて行ってください」
校長のロラドがそう指示して、二人を職員室から退出させる。彼女たちが完全に去ったのを確認した後、意を決したように深呼吸をして闇魔法使いの方を振り向く。
「アシュ先生」
「ああ、ナナ先生、今日もチャーミングだね。セルート先生、本日も一段と可愛らしい。ユレージュ先生、髪型を変えたかな? 素晴らしいよ。クジュ先生、少しおスレンダーになったかな」
しかし、そんな校長を完全に無視して、女性教師限定で、挨拶をして回るエロ教師。
「……っ、アシュ先生!」
「なんだね、うるさいな」
「あなたは朝礼に遅刻したんですよ! それに対して反省だったり、謝罪はないんですか!」
今日こそは、この腐った教師の腐敗した性根を叩き直す。このままでは、特別クラスの生徒たちがダメになってしまう。そんな硬い決意を示す生真面目校長。
「ふぅ……悲しいな」
「な、なんですって!?」
「君たち平凡な教師は規則正しく起きて、朝礼を受けて、正しいカリキュラムの授業をして、ごく一般クラスの生徒を教える。一方、天才の僕はたびたび遅刻して、カリキュラムを無視しているにも関わらず、特別クラスを任される。そして、果ては国別対抗戦で優勝までさせてしまうんだから……『才能』の違いって本当に悲しいね」
「「「「……っ」」」」
な、なんて嫌な奴なんだと、教師一同は再確認した。
「そ、そう言う問題じゃないでしょう! 教師という仕事は、ただ魔法を教えるだけじゃないんです。礼節、法律、教養。社会に出たときに困難にぶつかることがないよう、生徒たちの規範となるべきでしょう!」
「ククク……それは、困難から逃げる方法だな。確かに、礼節、法律、教養……常識というものは実に上手な逃げ方を教えてくれる。しかし、僕が彼らに教えたいのは困難を克服する方法なんだ」
「……っ」
「むしろ、常識などというくだらない概念を押しつけてくる輩たちに負けないような信念をもつ姿を見せることこそ、真の規範となる姿だと僕は思うがね」
「……」
論破。グウの音も出ないほどの強者の理論でロラド校長を打ち負かすアシュ。実際、このボグナー魔法学校が国内有数の名門であることを考えると、どちらの教育に需要があるのは明々白々だった。
そんな中、職員室の扉が開く。入ってきたのは、理事長であり、国家中枢の権力を掌握する元老院議長であるライオール=セルゲイだった。
「すいませんな。会議が予定よりもかなり長引いてしまいまして」
「まったく……遅刻だな。時間を守れぬものは、いざという時に大事な機会を失うものだ」
!?
キチガイ魔法使いのキチガイ発言に、教師一同は驚嘆する。恐ろしいまでの前言撤回。清々しいまでの意見の翻しは、『もはやコイツにはなにを言っても無駄』と悟らせるには十分だった。
「申し訳ないです」
ライオールはいつも通りの爽やかな表情を浮かべながら頭を下げる。
「……相変わらず礼節で逃げるのが上手いな君は」
「勝てない方には逃げるのが、師匠の教えですから」
「ふぅ……朝から忌々しい方のことを思い出させないでくれるかな?」
「これは失礼しました」
「それにしても、ライオール。このボグナー魔法学校の教師たちは大丈夫かな? 随分と綺麗事が過ぎるようだが」
「「「「……っ」」」」
な、なんだとこの野郎と、殺気立つ教師一同。
「バランスですよ。アシュ先生ほどの経験を積んでいる方だけでなく、彼らのように未熟ゆえの理想論もまた必要であるということです」
「……」
「もはや、病気ですな。一方に偏ると、私はどうにも気持ち悪くなるんですよ」
「……ふぅ。君と話していると、僕まで気持ち悪くなりそうだ。そろそろ1時間目が始まるね。じゃあ、僕は行くとするよ」
そう言って、アシュはミラとともに職員室を出た。
廊下を歩きながら、白髪の魔法使いは神妙な表情を浮かべている。
「……ミラ、先ほどのライオールの発言をどう思う」
「シンプルにアシュ様が気持ち悪いんだと思いました」
淡々と執事は答えた。
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