素材


 ホグナー魔法学校の校庭は、広大な敷地である。草原や平地だけでなく、大森林や湖、砂漠なども存在する。そんな中、いつの間にか、耕されいた数十メートル四方の畑の前で、課外授業は開始された。


「さて、諸君。ここは僕が耕した畑だ」


「正確に言いますと、私が耕した畑ですが」


「ここの土は他のナルシャ国とは質の異なる土を使用している。なにが違うのかわかるかな?」


 冷静に訂正する美人執事の言葉を完全になかったことにして、闇魔法使いは、ウットリしながら地面の土を掴んで眺める。


「……」


「答えられないかね、リリー=シュバルツ君?」


 勝ち誇ったような表情が癪に触るが、実際、金髪美少女にはその違いを感じることはできない。その土には魔力も籠っていない。魔法に関連する知識には絶対の自信を持つ彼女も、農民の土のことなど勉強したこともない。


「「「「……」」」」


 必然的に、視線は平民育ち、両親農民のミランダに集まる。


「……」


 しかし、彼女にも答えられない。


「ミランダ君に答えられないのも無理はないね。むしろ、平民育ちの君は、幼少の頃から両親の期待を背負って、むしろ貴族的な英才教育を施されたはずだからね……他にはもういないかね?」


「……は、はい!」


 その時、リリーが自信なさげに手をあげる。


「ほぉ、わかるのかね?」


「この土には……通常と違って水分が多く含まれています」


「違う」


「……っ」


 即座に、バッサリと、はっきりと否定されて、意気消沈する金髪美少女。確信があったわけではなかったが、僅かな違和感を感じ取って失敗覚悟で口にしたが、案の定失敗だった。


「まあ、そのチャレンジ精神は悪くないがね。ミラ、正解を発表してくれたまえ」


「はい、この土はごく一般的なナルシャ国の土でございます」


 !?


「だ、騙したんですか?」


「無知な者は、常に騙される運命であると心に刻みなさい」


 そう言って、グリグリ、グリグリグリと金髪美少女の頭を押さえつける性悪魔法使い。


「グギ……グギギギギギッ……」


「さて、戯れはこれぐらいにして。こちらの方の土が僕の耕した土だ」


「正確に言えば、私が耕した土ですが」


 冷静に訂正する美人執事の言葉を完全になかったことにして、闇魔法使いは、数十メートル先の地面の土を掴む。


「手にとって見るといい。先ほどの土との違いが明確にわかるはずだよ?」


「「「「……」」」」


 生徒全員も土を掴んでみると、微量だが魔力を感じ取る。


「もちろん、希少な魔石を砕いた訳ではないよ。そんなものを使用したら農民たちに手は出せない。これは、もっと安価で大量生産が可能なもので寄り合わせた僕が考案した土だ」


「「「「……」」」」


 じ、地味……と生徒全員が思った。


「この土は麦の成長を飛躍的に促進させる。これを普及させたことで、ある国の収穫量は実に約2倍に向上した。これで、僕は大陸魔法協会最優秀賞を授与されたよ」


 得意げに答える闇魔法使いに、ある程度羨望の眼差しは集まるが、どうやら生徒たちにはパンチが足りないようだ。


「あの……なにか、特別な魔法でも使用したんですか?」


 生徒の一人がオズオズと尋ねる。


「いや、永続的な魔法ほど難しいものはないからね。地道に研究を行って、土に合う物質を開発しただけだよ」


「「「「……」」」」


 困った。今までのアシュにしては、あまりにも健全過ぎる。まさに、研究者の鏡のような行動に反論も、興味も湧いてこない。そもそも、土魔法だと言っていたのに、蓋を開けてみれば土の改良の話。


「フフフ……あまりの衝撃に声もでないらしい」


「……」


 生徒の沈黙を、相変わらず好意的に捉える天然教師。そんな彼の満足気な表情を眺めながら。


 なんて、道化なんだ、とミラは思った。


「……ちなみに、なんの素材を使ってるんですか?」


 リリーが尋ねる。


「それを今ここで言うことは簡単だが、敢えて君たちには教えないでおこう。これから君たちが挑戦し、探求し、追い求めていくものだよ」


「「「「……」」」」


 いや、別に追い求めてないし、と生徒たちは思った。


「ただ、一つだけヒントを与えよう。庶民向けだからね、あんまり貴重なものは使えない。掃いて捨てるほどの不要なものを活用するのが肝だよ」


「……」


「まぁ、これを見抜くのは至難の技だろうがね……おっと、そろそろ授業が終わりだね。では、諸君。ご機嫌よう」


 深々と紳士的なお辞儀を繰り出し、意気揚々とアシュは用意された馬車に乗って去って行った。


          ・・・


 そこは館と呼ぶにはあまりにも奇妙な場所だった。まぎれもなくアシュ=ダールが住まう場所であるが、庭を埋め尽くす程の墓標。常人ならば吐き気を催すほどの死臭。その中心にあるのは無機質な黒鉄で建てられた、まるで要塞とも言える巨大な建造物。


 人々はその場所を『禁忌の館』と呼んだ。


「ふっ……今日も素晴らしい授業を行ってしまった」


 アシュが自画自賛しながら重厚な扉を開けて入る。


「彼らは気づくでしょうか?」


 ミラは無表情で尋ねる。


「まあ、リリー=シュバルツ君ならあるいは。どんなに短くても3年はかかるだろうがね」


「……気づいて欲しいから、敢えて今日の授業をしたんじゃないですか?」


「気分だよ。そんなことより、もう届いているかね?」


「はい」


「結構」


 満足気に地下の螺旋階段を降りて、部屋に入る。











「た、助けてくれ」「死にたくない」「助けてください助けてください」「神よ……」「家族がいるんだ! 死にたくないー」「助けてくれ頼むなんでもするなんでもするなんでもする!」「呪ってやる呪ってやる呪ってやる!」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいー、頼むから殺さないでくれ!」「神よ神よ神よ神よーー! 御心のままに」「殺してやる、絶対に殺してやる!」「おい、神様! なぜ、こんな仕打ちを! 俺は毎日祈ってただろうがぁ! 死にたくない死にたくない死にたくない」「殺すなら殺せ! 絶対にお前を殺してやる!」「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」「死ね死ね死ね!」


「ククク……がいいね」


 一瞥すらもせずに、断末魔の叫びを心地よさげに聞きながら解剖用の点検を始める。


「どうか……慈悲を」


 ある一人が言った。


「ククク。君はおかしなことを言うね?」

  

 アシュが調査したところによると、無残な殺戮が行われているのは、大小含めて年間約三千件。そこに転がっている魔法使いたちは、まさしくアシュが『不要で活用できる』と見なした素材だ。


「どうか、どうか……どうかご慈悲を」


「まあ、神も慈悲をくれるんじゃないか? 嬉々として殺戮を楽しむ君たちは、本来なら地獄行きだ。しかし、我が身を犠牲にして農民たちの飢餓を助けるんだとしたら……ふむ。そう考えると、むしろ感謝して欲しいな」


「ひっ」


 大きな漆黒の瞳を見開き、目の前の怯えた素材の前に立ったアシュは。
























 鋭利な刃物でその頭を抉った。




 

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