戦略
「ローラン君は、ロイドを頼む」
「……」
ライオールの言葉に答えはないが、黒髪の魔法使いは、仮面に覆われた闇魔法使いに対峙する。
リリー、アシュとの戦いで聖闇魔法を連発し、ローランの魔力はかなり減らされている。それでも、一対一の戦闘では決して負けない。
一気に片をつける。
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
聖属性と闇属性が交差しながら極大魔法が放たれる。
しかし。
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
全く同じ速さと威力で。
ロイドは同じ聖闇魔法を放った。
「くっ……どんな化け物どもだ」
思わず歯ぎしりを浮かべるローラン。もう、『バカな……』などとは言わない。アシュ、ライオール、ロイド。現在戦っている魔法使いは、最強魔法使いヘーゼン=ハイムの直弟子たちだ。このレベルではもはやなにがあっても不思議ではないと認識を改める。
生前のロイドは、確かに聖闇魔法を使えなかった……いや、使わなかったという方が正しいのかもしれない。元々、ヘーゼンが側にずっと置いていたほどの逸材。その素養はあったが、闇に惹かれていたが故に光の修行を怠っていた。それは長い間、同じく最強魔法使いの両翼を担っていたライオール自身が一番よくわかっていた。類稀な才能を持っていたにも関わらず、ヘーゼンの後継者として愛され、育てらていたにも関わらず、ついにはそれを理解せずに『凡才』と失望させた麒麟児。
その紛れもない天才魔法使いに、アシュは光の魔法を仕込んだ。当人の意思など関係なく、ただひたすらその能力を上げるために。その歪んだ思考を、より歪みきった思考で。まるで人形遊びをするかのように。
<<闇よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー
ロイドが闇魔法を放ち、影が高速で襲い掛かってくる。影に囚われれば一切の動きを封じられる魔法に。
<<光よ その闇を照らし 聖者を目覚めさせよ>>ーー
返す刀で光を上空に放ってそれをかき消す。一瞬にして眩い光が辺りを照らされ、周囲の視界がくらんだ。
しかし、次の瞬間、すでにロイドは目の前から消えていた。
「なっ……」
いない。
前にも。
左右にも。
後ろにすら。
<<闇よ 我が腕に 悪魔の 刃を>>ーー
突如として仮面の魔法使いは上空から現れた。
腕にウネウネと蛇のように這う暗黒を発生させた。それは、まるで生きているかのように。禍々しき予感を象徴させるかのように。
「シャアアアアアアアアアッ!」
「くっ……」
その奇襲に、横っ飛びで躱そうとするローランだったが、ロイドの腕に巻き付いた暗黒は、その形状を変え、追跡をしてくる。
しかし、次の瞬間。
<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー
ローランを捉えると思っていた暗黒は、ライオールが放った魔法によって霧散した。
「気をつけなさい。ロイドは百戦錬磨の魔法使いだ。後、2分30秒……そこまでは、なんとか耐えてくれ」
一瞥もせずに、ライオールがアシュと対峙する。まだ、二人とも微動だにしない。アシュに改造されたロイドが相手では、ローランには荷が重いだろう。相手は百戦錬磨の強者だ。加えてその戦闘センスすらズバ抜けている。
「ククク……最強の
「ええ。まさか、改造されて空間移動魔法まで駆使できるようになっているとは」
「デルタの開発した魔法は非常に有用なものだ。重宝させて貰っているよ」
「……」
デルタ=ラプラス。かつて弟子であった聖魔法使いの魔法を、アシュはロイドに覚えさせた。考えれば考えるほど恐ろしい魔法使いだ。捕らえた者を解剖し、能力を自分の
ミラが解放されるまで、残り2分。両者はまだ動かない。もちろん、制限時間があるのはライオールの方だ。アシュの方は時間が経過すれば自動的に勝ちだから、仕掛けてこない限り動かないのは必然である。しかし、老人の魔法使いはそれでも動かない。
「……」
「……」
その間、二人の魔法使いは壮絶な知的格闘を繰り広げていた。アシュとライオール、両者とも速攻型のローランやロイドとは異なる戦略型だ。脳内ではすでに、数千パターンの戦略が張り巡らされ、まるでチェスをするかのように、激しい攻防を繰り返す。
・・・
残り1分30秒。ライオールはそれでも動かない。
「……」
アシュは初めて額から一筋の汗を流す。相手の表情からは、なにも読み取れない。両者の戦い方の源流が紛れもなくヘーゼン=ハイムであることは間違いないが、実質アシュが師事していたのは20年余り。一般的には気の遠くなるほど長い年数だが、ライオールという男は100年以上彼の下で師事していた経験値を持つ。
ライオールの気性は温厚。平和的な解決を推進する主義であるが故に戦闘回数は少ない。アシュもその倫理感故に非戦主義者であるが、その性の気難しさゆえに戦闘をこなしてきた数は圧倒的に上だろう。
この静けさが不気味だ。過ぎゆく時間が、圧倒的有利に傾いているにも関わらず、禍々しい。唯一読めないライオールに、今まで戦いの痕跡すら残さなかった魔法使いに、数多の戦闘をくぐり抜けてきたアシュが、苛烈な宿業を背負った魔法使いが追い詰められる。
しかし、無情にも時間が過ぎ行く。グルグルグルグル……1秒が数ヶ月のように凝縮され、脳内の熱は烈火のごとく噴き出してくる。幾多あった道はどんどん収束し、やがて一つの道筋を示す。
残り1分。
そして。
アシュという魔法使いは笑い。
ライオールという魔法使いは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます