テスラ編

登校


 朝日が昇り、ホグナー魔法学校の生徒たちが登校を始める。そして、それよりも一時間以上前に、大きな箱を持った特別クラスの生徒たちが校門の前で並んでいた。


「「「募金よろしくお願いしまーす」」」


 チャリーン。


 金貨の鳴る音を心地よさげに聞く金髪美少女は、リリー=シュバルツ。現在、誉れ高き特別クラスの首席生徒である。大きな箱を持って、登校してくる生徒たちの進路を塞ぎ、ニッコリと笑顔を浮かべ、いかに募金が高尚な行為なのかを高らかと述べる。それでも、文句を言う輩は正当防衛と称し魔法で撃退。


 もはや、募金というより、恐喝カツアゲである。


 他の特別クラスの生徒たちは、一貫して我関せず状態。いつも通り、真面目すぎる奇行を安定的に行うリリーを完全に無視して、自分たちは『あのキチガイ娘とは無関係です』アピール。「おはようございまーす。募金お願いしまーす」と、爽やかな顔をして募金に勤しむ。


「はぁ……はぁ……あらかた回収したわね。後は……一人」


 汗だくになって募金に勤しむリリーは、なにかを決心したかのように校門の中心に立ちはだかる。


            ・・・


 キーンコーンカーンコーン。


「……あ、あの教師絶対にふざけてる」


 当然のように、1時間目の半分が経過した。そして、当然のように、来ない。そして、当然のように、激怒するリリー。そして当然、遅刻。


 ガララララ。


 それから更に十分が経過し、車輪の音とともに、二頭立ての馬車が悠々と姿を現した。校門の前にゆっくりと止まり、豪奢に彩られた客室キャビンから紳士風の男が優雅に降りてくる。


 着込んでいるのは黒いテールコート。被っているシルクハットは当然一流職人のオーダーメイド。


 彼の名は、アシュ=ダールと言った。


「やあ、諸君。わざわざ、出迎えとはご苦労さま。今日も、いい朝だね。おはよう」


 42分53秒の遅刻は完全になかったことにして、丁寧にお辞儀をする寝坊魔法使い。


「ちっ、遅刻です!」


「はぁ、リリー=シュバルツ君。挨拶は、紳士のたしなみ……いや、人間として最低限の礼儀と言っていい。それを、完全に無視して自分の喋りたいことを喋る。君は猿だな」


「ぐっ……ぐぎぎぎぎぎ……お゛は゛よ゛う゛ござい゛ま゛ず」


「うん、おはよう。よく、できました」


 いい子いい子。


 完全に飼っている猿のような扱いを始めるキチギイ魔法使いに、もう完全に脳内血管がブチ切れている金髪美少女。


「なんで遅刻したんですか!? 時間を守ることは、と・う・ぜ・ん人間として最低限の礼儀ですよね!?」


「それよりも、君たちが持っているその箱はなんだい?」


 リリーの追求を無視して、アシュの視線は生徒たちが持っている箱に移る。


「ぼ、募金箱ですよ」


「……フッ」


「は、ハナで笑いましたあなた!?」


「ああ、笑ったね。君たちの偽善の押し売りに、僕はハナで笑わせてもらった」


「ぎっ……偽善とはなんですか!? この活動は三年前に起きたギザード国が引き起こした『デルサスの虐殺』で孤児となった子たちへの支援になるんです! そんな『偽善』なんて言葉で片付けるなんて許しがたいことですよ!」


「ククク……君たちは、なぜデルサスの虐殺が大陸史上で悲劇とされているのか知っているかい?」


「……大陸史上で三番目に被害者が多かったからでしょう?」


「相変わらず君の脳味噌にはお花畑が咲き乱れているね?」


「な、な、なんですって!?」


「そんなご高説は物事の本質を見極めていない愚か者か、現実を直視せずに妄想をひけらかす夢想家が吐く言葉だね」


「……じゃあ、あなたはその答えを用意しているんでしょうね?」


「負けたからだよ」


「えっ?」


「デルサスの虐殺が悲劇とされているのは、それを引き起こしたガナーズ国が敗残国となったからだ」


「そ、そんなの……」


 反射的に言い返そうとしながらも、リリーの脳内はその言葉の意味についての疑問で埋め尽くされていた。


「即座に否定できないのは、肯定しているからだよ。美しい答えとは常にシンプルで理解できるものなのだ」


 ニヤリ。


「そ、そんなの間違っているに決まってます!」


「君の言う正しいか間違っているかなんて、所詮は主観によって異なるものだろう?」


「ぐっ……」


「だいたい、大陸中での戦争、紛争が年間いくつあると思っているんだ。そんな中、歴史上どれだけの殺戮が行われていると思ってる?」


「そ、それは……」


「答えられないと言うことは事実を知らないということだ。僕が調査したところによると、大小含めて年間約三千件。それでも、全てを拾いきれたと断言するほど僕は傲慢ではないが、君たちより見識が高いことは確かだろう。もちろん、デルサスの虐殺を超えるほどの惨劇も星の数ほど存在する。だが、その全ては例外なく戦勝国によって存在しないものとされているんだよ」


「……」


「史上最強の魔法使いヘーゼン=ハイム。もう200年ほど前になるが、彼はデルサスの虐殺を超えるほどの魔法使いを一瞬にして葬った。しかし、誰も彼を大量殺戮者とは呼ばない。それは、彼が生涯不敗。勝ち続けたからだ。それを、歴史上証明した唯一にして無二の魔法使いなんだ」


「「「……」」」


 ゴクリ。


 生徒たちはその話に思わず生唾をのむ。


「勝てない敵には、誰も立ち向かわないものだ。この虐殺が話題となったのは、敗残国と成り果てた哀れな敗残者たちに、報いを受けさせようとエセ報道者たちが騒ぎ立てたに過ぎない」


「「「……」」」


 誰もなにも発しない。リリーなどは、反論すら忘れてアシュの言葉に聞き入っている。


「わかるかい? 君たちの慈善行為などは、所詮は自己満足でしかない。そんなことすら理解せずに、なにかを救った気になってるなんて、全く持って愚か極まりない。君たちが本気で『デルサスの虐殺』の被害者を救済したいのならば、方法は別にあると思うがね」


「な、ならなにをどうすればいいんですか!?」


「勝ちなさい」


「……っ」


「仮にもし、君たちが戦いに身を投じたとして、敗残者になりたくなければ、報いを受けたくなければ勝ちなさい。正しいこと……いや、自分が正しいと思うことをしたければ、勝ち続けなさい。正しいから勝つのではない。勝った者こそが正しいという証明になるんだ」


「「「……」」」


「そうさな……ただ一人。史上、唯一それをしようと目論んだ魔法使いがいた。彼は大陸中の惨劇を止めようとして、魔法使いの育成に力を注いだ。数多くの優秀な魔法使いを育て、支配し、大陸中から畏怖されるカリスマを持ち、史上最多の命を摘み、可能性を詰み、その人生を注いで挑んで……志半ばにして死んだ。それが、ヘーゼン=ハイムだ。生涯不敗の彼ですら、自らの正しさを貫くことはできなかった」


「「「……」」」


 硬く口を閉ざしている生徒たちを確認し、アシュは柔らかな笑顔を浮かべる。


「よろしい。それが、いかに難しいことかがよくわかっている表情だ。僕は戦いの中に身を投じるのはお薦めしない。負ければ、必ずその報いを受けることになる。そして、その正しさを貫くことは、生きるよりも遥かに難しいことなのだから」


「「「……」」」


 キーンコーンカーンコーン。


「おっと、チャイムがなったようだな。では、一時間目の講義を終了する……まあ、君たちが志すのなら、それは若さの特権と言うものだ。僕は止めはしないがな」


 そう言い残して。


 闇魔法使いは悠々と校舎に入っていき、美人過ぎる執事が後に続く。


「どうだったかな、ミラ。僕の華麗なる講義は?」





















「はい。官能小説を徹夜で読み耽って遅刻したと言う理由を躱す、見事なすり替えでございました」

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