家族


 円形闘技場に観客がちらほら集まってきた頃、ライオールもまた静かにVIP席へと腰掛ける。


「お久しぶりです」


 声の方を振り向くと、セザール王国筆頭大臣リデール=デンドラがムッツリ顔で座っていた。実際には80歳を超えているはずだが、その端正な顔立ちと厳格な黒いローブで40代前半に見える。


「これは……お久しぶりです。嬉しいですな、あなたから声をかけてくれるなんて。私の記憶が確かならば、あなたが私に声をかけてくれたのは国別対抗戦の監督にアシュ=ダール先生を指名したとき、そしてもっと遡れば、あなたの結婚式の祝辞を述べたときでしたかな」


「……5年前に離婚してます」


「そ、それは失礼しました」


 人間関係の距離感が破綻しているアシュならば、至福の表情を浮かべて『原因究明だ』と一週間はつきっきりでまとわりつくはずだが、国民的人気魔法使いはもちろんそんな真似はできない。当たり障りのない謝辞を述べるにとどめた。


「……性格の不一致です」


「そ、そうですか」


 別に聞きたくないのに、言い訳じみた言い訳をする大国の大臣の扱いに困る好々爺。


 もともと、リデールはライオールを師と慕っていた。政治的な抗争で彼がセザール王国からナルシャ国に留学しに来た。そのとき担任になったのがライオールであった。国に帰ってからも、頻繁に手紙で助言を求めるなどその崇拝ぶりは激しく、ついには結婚式の祝辞を述べるまでに至った。


 二人の関係が悪化したわけではなかったが、リデールは以前ほど盲目的には慕うことができなくなってきた。その原因は、歳を経るにしたがって、ライオールの偉大さと自分の凡庸さを思い知るようになったからだ。


 ライオールは30代の頃、アークドラゴンの生態研究論文で大陸魔法協会最優秀賞を受賞する。さらに、ライオールは40代で魔法次元理論の解析、50代で悪魔階級層の明確化など10年毎に大陸を震撼させるほどの研究成果を発表してきた。100歳を超えた老齢になっても、凶悪種であるレッサーデーモンを討伐するなど、その偉大さは衰えることを知らない。一方、リデールはセザール王国においてなんの足跡も残せていない。


 別に嫌悪しているわけでもなく、嫉妬しているわけでもない。しかし、その生真面目さゆえ不甲斐ない自身から交流をすることはなくなった。そして、それを察したかのようにライオールからも連絡を取ることをしなくなった。


 しかし、さすがにそうもいかない事態がセザール王国大臣に起きた。


「ナルシャ国代表のメンバーは非常に優秀なメンバーが多いようですな」


「はい、自慢の生徒たちです。その才能もそうですが、よくアシュ先生の授業にも食らいついているようですし」


「……」


「そちらのメンバーも非常に強力な魔法使いたちがいると思いますよ。特にナルシー=メリンダなんて。あの生徒には非常に将来性を感じます」


「……忌々しいですよ。まさか、あのアシュ=ダールを尊敬していると言いだすのですから」


「ほ、ほぉ……随分変わってますね」


 思わず、偽らざる本音が好々爺から飛び出す。


「まったく……どんな育て方をすればそんな考えに至るのか、まったく理解できませんな」


 そうつぶやいて、リデールは膝を強く叩く。


 アシュとリデールに面識関係はない。しかし、セザール王国は、旧超大国であるレスラーンから分裂した形で形成された。そして、その引き金を起こしたのが、バージスト聖国との歴史的開戦『ジーザス荒野の戦い』と言われている。突如として両国とも数万人の魔法使いが消えたこの戦いにより、戦力を保てなくなったレスラーンが熾烈な内部抗争によって瓦解した。


 その原因と伝えられているのが『闇喰い』と呼ばれたアシュである。


「まあ、彼の闇魔法使いとしての実力は群を抜いていますからね。ナルシーも同じ系統の魔法使いとしては仕方のない部分もあるんじゃないですか?」


「……どうも、恋愛感情を抱いているらしい」


「ほ、ほぉ……それはお気のど……ゴホンゴホン」


 反射的に出てきた労りの言葉を強引な咳で打ち消すライオール。


「実際に第一回戦の模様を見させてもらったが……性格最悪じゃないか。まったくもって、あの年頃の子は理解できん!」


「ま、まあ、アシュ先生は容姿もいいですし、財産もおありだし、魔法使いの実力としても申し分ないです。一般的に言えばーー「娘だ」


「……」






















 リデールの一言に、二の句がつけなくなるライオールだった。

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