迷い


 アシュが手に入れた情報を元に、一行は森の中に入る。


「本当にここなのかよ。俺たちは、こんな場所何回も来たぜ?」


 ロドリゴがいつものように愚痴を叫びながら進む。一晩中、歩いていない場所がないくらい死兵から逃げ回ったので、周りの地形などは大体覚えている。


「……」


 当然のように、無視する闇魔法使い。


「ちっ……」


 舌打ちをしながらも、その沈黙が若干不審に感じる脳筋戦士。いつもならば、『いいから君は僕のいう通り黙って進みたまえ。ああ、こんなことを答えることすら面倒だな。どうせ、脳みそごと筋肉ならば、いっそのこと筋肉という名前にすればいい』などと言う皮肉が飛んでくるはずなのに。


 短い期間で彼の性格の悪さを熟知した残りの3人も、彼の神妙な様子をい若干不思議がる。


「「「……」」」


 しかし、誰も彼に声をかける者はいない。


 すなわち、すごく嫌な奴だから。


 それから、数十分ほど経過し。


「……死兵の情報によると、この位置だがね」


 やっと闇魔法使いは口を開く。


 そこは、なんの変哲もない場所。デルサス山の風景の一部。


「……見たところ、結界は張っていないようだけど」


 レイアがボソっとつぶやく。


「ナイツ、周囲に死兵は?」


 いつもの軽口を封じアシュが尋ねる。


「いや、いない」


「……なぜだ」


 初めてその表情が歪む。


「嘘をつかれたんじゃないのか? 話すのが嫌で」


「いや、死体は嘘をつかない」


 いや、嘘をつけないと言った方が正しいか。意識というものは生きていればこそのものだ。だからこそ、死者の告白ゼノ・アスクは完璧な証言となり得る。


死者の王ハイ・キングが偽証をする魔法を開発した……とか?」


「その可能性は低いな。それは、超天才の僕にもできない」


 すかさず、無意識に自惚れを入れてくるナルシスト魔法使い。


「……お前より有能な可能性ってのはないのか?」


 半ば呆れ気味にナイツが尋ねると、


「いや、彼は僕よりも能力が上だよ。それは分かった上で発言している。僕が言っているのは、彼がヘーゼン=ハイムよりも優れているかどうかだ」


「……あの最強魔法使いか? お前、もしかして会ったことあるのか?」


「元弟子だよ」


「「「「え゛っ」」」」


 四人が一斉にアシュに注目する。


 誰もが憧れる伝説の魔法使いであり、彼の弟子など、各国の超がつくほどのエリートしかいない。機会がなく断念したが、かく言うレイア=シュバルツ本人も弟子入りの志願をしたこともある。ナイツに関しては書類選考落ちだ。


「まったく器量の低い師匠でね……まあ、それはいいが」


「「「「……」」」」


 アシュは全然興味なさそうだが、四人とも興味深々である。


「仮に、ヘーゼン先生よりも優れた魔法使いだと想定すると、ここまで回りくどいことはしない」


「……仮にヘーゼン=ハイムだったら?」


 ナイツが思わず尋ねる。人知れず、彼の書物を初版本から全部購入し、休日の趣味は彼の魔法理論を読み漁るのが趣味なインドア魔法使いである。


「戦天使で瞬殺だよ」


 召喚魔法は、天使・悪魔・精霊との間に主従契約を結ぶことによって、異界より召喚する魔法である。契約は各々の位階によって異なるが上位になるほどに契約内容の難度は上がる。


 主天使リプラリュラン。別名戦天使。後にも先にも召喚できるのは、ヘーゼン一人だと言われている。彼はその戦天使と共に数万もの魔法使いを葬ってきた。


「……っ」


 その答えに、人知れず打ち震えるヘーゼン大好き魔法使い。やっぱ、カッコいい。今日も、彼の書物を抱いて寝ようと誓うナイツである。


「仮に彼レベルの闇魔法を駆使するとすれば中位の悪魔召喚もしていると思うが、その可能性は考えたくはないな……おっと、ここだね」


 闇魔法使いがある茂みを搔きわけると、そこには結界が張られていた。不意に安堵のため息を吐いて、それを解除して更に奥へ進む。

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