対戦


 開始3時間半時点。


 クリストからの指定を受けた草原に、6人で仲良く移動。その間、『大陸一平和で間抜けな移動』と罵り、嘲笑う精神攻撃マインドアタックを性悪魔法使いは忘れない。脳内では、どう彼の平常心を乱して、戦闘を有利に運ぶかを考え続けていた。


 そもそも、正々堂々となどと、師匠のヘーゼン=ハイムからは一度として教わったことがない。戦争には宣戦布告はあるが、正々堂々は存在しない。ましてや、暗殺者ならば、影から、後ろから、忍び寄って刺されることなど日常茶飯事。そんな世界を叩き込まれたアシュにとって、クリストの想定する『正々堂々』という土俵に乗ることは、不本意以外の何者でもなかった。


 あくまで、クリストの考えた正々堂々とは、彼にとって優位なシチュエーションでしかない。言葉を変えれば、ジルを人質に取られ、無理矢理出来レースに参加させられているかのような不利な状況。仮に、アシュが有利に戦闘を進めれば、約束を反故にして襲ってくる可能性もあるし、よりクリストが有利になる条件を追加させられる危険もある。なので、移動している間にジルを救出できないかと性悪魔法使いは考える。


 アシュは、さりげなくリアナの隣に寄って、彼女の掌に指を触れる。


「きゃっ……な、なに?」


 小さな悲鳴とともに、途端に顔が真っ赤になる、亜麻色ロングの美少女。誰も聞こえないような小声で、困ったような可愛らしい表情でアシュを睨む。


「……」


 気づけ。そう願いながら、彼女の掌に文字を書き込む。


「うん……わかった」


 そう答え、


 ギュッ。


「ん?」


「ん?」


 リアナが顔に火がつきそうな表情で、アシュを見つめる。


             ・・・


「い、いやそうじゃなくーー」


 バキバキバキバキッツ……


「……なにをやってるのかな、君たちは」


 予備の鉛筆をバキバキにしたクリストが、アシュに問いかける。


「い、いや……ちょっと、虫がね……アハハハハ……」


「そ、そうなんだ? あ、あ、ありがとね、アシュ」


 アタフタ。


 アタフタ。


 2人は、慌てて手を離す。


「……」


 ベキベキベキッベキベキベキ……


 アシュは『ジル救出作戦』の失敗に舌打ちするが、クリストへの精神攻撃マインドアタックはこれ以上ないくらい成功していた。


 西の草原に到着した。木々のような障害物がなく、雑草が少々生い茂っている程度。卑怯な先制攻撃とトラップを基本戦術とするアシュでは、まず選ばない場所だ。そもそも、戦闘は得意ではないし、好きでもない。むしろ、その魔法知識を深くし、研究者として大成したいと考えている超インドア魔法使いである。戦い方にこだわりなどなく、勝てば官軍をモットーにする彼にとって、この状況は非常にやりにくい。


「では、開始だ」


 わざわざそう告げて、クリストが詠唱を開始する。


<<光の方陣よーー


 唱え終える前に。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 アシュが先に放った。詠唱チャントは、それが高レベルであるほど長い溜めが必要になる。敵の詠唱チャントから瞬時に高レベル魔法と判断した闇魔法使いは、そのシールの速度と、レベルを数ランク落とした魔法の矢マジック・エンブレムで、敵を圧倒する作戦にでた。


「クッ……」


 クリストが横っ飛びでそれを躱す。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム


 右手に水属性を、左手に木属性を。それぞれを同時に放つ。敵は詠唱する間もなく、必死にそれを避け続ける。クリストの魔力は、アシュを大幅に凌駕する。仮に当たったとしても、致命傷は与えられない。むしろ、一撃を与えて動きが止まった時点で、間髪入れずに魔法を浴びせ続けなければいけない。


 しかし、その肝心の一発が当たらない。


 草原という障害物のない場所が、アシュにとって不利に働いていた。敵が避ける向きが限定されず、追い詰めるのが難しい。もともと、チェスのように限られた盤面で敵を窮地に追い込む戦法を得意としている。そんな彼にとって、限定されないこの空間は不利以外のなにものでもない。


 やがて。


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 クリストの詠唱チャントが完了し。光の魔法壁が彼の周りを包んだ。






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