敗北


 黒い光が一瞬にして弾け飛び、闇があたりを支配した。


「はぁ……はぁ……」


 アシュの吐息が静寂を破り、やがて光が照らされ始めた。眼前にいるリリー、デルタには全く変化はない。


 乾いた拍手とともに、デルタは勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「素晴らしい魔法でした。しかし、あなたの才能が、技術が、リリー=シュバルツには及ばなかった。どうです? 教師冥利に尽きるのではないですか?」


「……はぁ……はぁ」


「さあ、もう時間はない。このまま、あなたが粘れば、彼女のような異才が傷物になる。それは、望むところではないでしょう?」


「クク……ククク……」


 アシュは、乾いた笑みを浮かべる。


「無駄ですよ。私にはそんな強がりの笑いは通用しない」


「ククク……残念だよ。リリー=シュバルツ君」


「性懲りもなく、まだ、彼女を呼びかけようと?」


三悪魔の一撃トライフォースでも、君の魔法壁を破ることはできない。一片の気の迷い。君の才能を、まだ僕は惜しいと思っていたんだよ。しかし……君はあまりにも……強い」


 誰に聞かせるでもなく。


 アシュはつぶやく。


 そして、


「ディアブロ、リプラリュラン」


 二匹の悪魔に呼びかけ、その獰猛な牙を受け入れる。半身を滅悪魔が、もう半身を超悪魔が、喰らう。絶命するほどの痛みを超え、アシュは二体の悪魔の頭を抱きしめる。


<<悪魔をその身に宿し 神すら喰らう 凶魔を我が手に>>


 瞬間、悪魔たちとアシュの間に闇が包んだ。やがて、そこにはアシュ1人がその場に立っていた。それは、まるで悪魔のような姿で。その皮膚もまた黒く変色し、圧倒的な殺意がアシュに湧き上がってくる。


「……悪魔融合」


「僕の全身全霊をもって、リリー=シュバルツ。君を……」


 アシュはそう低く笑った。接近戦用の秘術、悪魔融合。その身に悪魔を宿すことによって、悪魔の超力を限界ギリギリまで引き出すアシュの新魔法である。


「それで……二匹を宿すことによって、聖闇魔法の魔法壁を突破できるとでも?」


 デルタは、それでもリリーに軍配が上がると確信する。短時間とは言え、彼女は史上最高の魔法使いヘーゼン=ハイムと同等の魔法壁を張っている。それを強引にぶち破るなど、それこそ天文学的なエネルギーを要する。


「グググ……グギギギギギギギ……」


 もはや話すことは叶わず、体内の悪魔が暴れだす。しかし……まだ……一瞬でエネルギーを爆発させねば、決して破ることはできない。


 彼女が壊れる前に。


 その直前まで、ひたすらアシュは力をためる。


「グググ……グギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ……」


 気が狂いそうなほどの欲求が。殺害衝動が。本能が。狂騒が。アシュの脳内に。体内に。いたるところに駆け巡り。


 やがて。


 弾けるような何かと共に。


 リリーの手前で衝撃音が弾ける。


 黒く、漆黒の、どす黒い血が。


 彼女の身体にまとわりつき。


 闇魔法使いは、彼女の前で倒れこんだ。


 その姿は見るも無残。


 すでに余力など、微塵も感じられなかった。


 一方、リリーは傷一つなく、ただアシュの地を浴びただけ。


「……ハハハハハ! アシュ=ダール敗れたり! 魔法壁は破ることができた。しかし、そこまでだ。すでにあなたには余力はなく。あとは、封印されるだけだ」


「……」


 声を出す力すら残っていないアシュの後頭部を。


 デルタは足蹴にして勝ち誇る。


「おっと……あなたの再生力はゴキブリ並みだ。さっさと封印しないとな。リリー……ミラを近づかせないでくれ」


 そう言いながらデルタが魔法をかけようとするが、


 後ろから殺気がして、本能的に横に飛ぶ。


 先ほどまでいたその場所には、ミラの鋭い蹴りが鮮やかに空を切る。


「バカな……リリー。ミラを近づかせるなと――」


 その時、


 デルタは異変に気づく。


 リリー=シュバルツの様子がおかしいことに。


 黒い血を浴びた彼女は、


 デルタの声に反応すらせずに。


 放心状態を浮かべている。


「……何が」


「ククク……」


 低い声で。


 闇魔法使いは笑った。




 

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