転換



 陽光がホグナー魔法学校校舎を照らし、生徒たちが登校を始める。最上階の理事長室で、闇魔法使いがその様子をジッと眺める。その背中は、哀愁すら漂い、ミラの瞳には、儚げで、そして、悲し気に映る。


「なにを……考えていますか?」


 ミラは、机の上に置いてあるカップにダージリンを注ぐ。


「……ああ、デルタは次にどんな手を打ってくるかとね。ライオール不在の好機を見逃す男ではない。僕には、逆にこの沈黙が不審だね」


 そう言いながら、カップを持ち口をつける。


「そうですか……アシュ様の目線から察すると、女子生徒の制服をジッと眺めていらしたので、てっきり私は、彼女たちのズボン姿に、ただ、ひたすらに、ガッカリしていただけではないかと思いましたが」


「……失望とは結果ではない。その過程を見ることによって起こるものなのだ――リーダ=ルオレオ」


「……」


 意味が全くわからない、とは有能執事の感想である。


「ところで、彼らの動向はまだ探れたのか?」


「はい。大方は」


「ふむ……さすがだね。監視魔法サーバリアンがある中で、それでも動向調査を完了するとは。さすがは僕の執事だ」


「自らが監視されていても、探る方法は無数にありますので」


 裏の人脈を駆使しし、情報を得ることなど、ミラにとっては朝飯前の芸当である。


「それで? 報告したまえ」


「はい、では。敵はアシュ様が制服を一新しようと活動していることに対し、その意図がわからずに、次なる手を打てていないようです。誰も、このタイミングでそんな奇行に及ぶとは、神すらも想像するはずもありませんから。それが酷く不気味であると」


 そして、果てしなく気持ち悪い、とは有能執事が心の中でつぶやいた愚痴である。


「……計算通りだね」


 闇魔法使いは、ポソリと、つぶやいた。


「アシュ様、次は、どのような手を?」


 敢えて、ミラは、無視をした。


「フッ……向こうがその気ならば、僕はなにもしない」


「……と言うと?」


「ふぅ……ミラ、人形だな。僕の考えがわからないと?」


「……残念ながら」


「仕方がないね。いいかい? 僕のにより、敵の命令系統は混乱をしている。あえて、不合理な行動をとることによって、相手が出方を伺うことになったというわけだ。まさしく、計算通りだ。そして、生徒たちは、彼らに立ち向かう時間を得たことになる。自分たちの身は自分たちで守る。これが、僕が彼らに与える課題だよ」


「……恐ろしい方ですね、あなたは」


 なんと言う掌返し。これまでの行為を全て正当化するような声高々な演説に、人形である己の三半規管を心の底から疑ってしまう。


「ふっ、まあね」


 得意気。方や、シニカルな笑みを見せるキチガイ主人。


「……そろそろ、授業のお時間でございますが」


「そうか。このダージリンを楽しむまで、待たせておきなさい」


「かしこまりました」


 ミラは、ただひたすらに、主人の死を願った。





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