なんでですか?


「なんでですか―――――――!?」


 ホグナー魔法学校の特別クラス。今日もリリーの叫び声が、部屋中に響きわたる。


「聞こえなかったのかね? それとも、君の理解が及ばなかったのかね?」


 アシュは両耳を抑えながら尋ねる。


「遠足の場所を変えるってどういうことですか!?」


 毎年恒例の遠足は、ベルゼボアの丘に行くと決まっている。すでに、遠足の予習すら完璧に済まして、名所、ルート、その土産屋の料金すら全て把握している、圧倒的せっかち美少女である。


「なんだ……そんなことか。まあ、落ちつきたまえ。シリササ山はいい所だぞー。大陸でも人が住まない場所だから景色も綺麗だし」


「凶暴なモンスターと魔虫の宝庫でみんなが住めないからですよ! 大陸有数の獰猛さを誇るネウロヴァロ、5mを超える巨体のレッタート、一刺しでショック状態になる魔虫キラービーもいるんですよ!」


「愉快な遠足になりそうじゃないか」


「阿呆ですか!? 死にますよ! 全員死にます!」


「心配しなくても、僕は死なないよ」


 そ、そんなに誇らしげに言われても……生徒の想いは見事に一致した。


「アシュ様……生徒の皆様は、あなたの命は、ミジンコほどの心配しておりません」


 ミラが淡々とツッコむ。


「そ、そうか……しかし、非常に刺激的な遠足になることは保証するよ」


 そ、そんな保証は要らないんですが……またしても、生徒の想いは一致した。


「命の保証をしてください!」


「ああ、うるさい子だ。わかったよ。命の保証をすればいいんだろう?」


 その最低教師の物言いに、一ミリの説得力もないのは、明らかである。


「断固反対! 私は、断固反対します! 反対反対反対!」


 アシュの耳に添えられている手を、一生懸命外そうとしながら、熱血優等生美少女は意見を表明する。


「ああ、そうか。じゃあ、君は行かないんだね?」


「……えっ」


 性悪魔法使いの言葉に、数歩後ずさるリリー。


「いいんだよ別に。僕は君に来て欲しいとお願いしているわけじゃないんだからね。君は自習していたまえ」


「そっ、それは……行かないなんて……」


 リリーは途端にゴニョゴニョし出す。一週間前から遠足の準備をして、毎日毎日忘れ物がないかを確認するほどの遠足大好き美少女である。


「僕たちはシリササ山に行って、未知の生物、植物に触れ生命の神秘を目の当たりにするから、君はこの特別クラスの教室でひたすら机に向かってペンを動かしているがいい」


「ぐぐっ……」


「みんなが思い出話で持ち寄り盛り上がっている中、君は聞き耳を立てながら、聞こえないふりをして、『私はそんなの興味ないわ』風を装って勉強に勤しむフリをしているといい」


 攻勢に転じ、リリーを言葉責めで追い詰めていく性悪魔法使い。そして、彼が語る言葉には、かなりの説得力があった。それは、寂しすぎる学生生活を送った、彼の経験談からくるものである。


「い、行かないとは言っていないです。ホグナー魔法学校で恒例行事なんですよ!? みんな、凄く楽しみに――」


「君は行かなくていい」


「……」


 泣きそう。深緑の瞳に涙を溜めるリリー。意地を張って行けなくなって自習する己を想像して、凄く悲しい美少女である。


 その時、教室の扉が開いた。


「アシュ先生……あなたって人は……」


「な、な、なにしに来たのかな?」


 瞬間、数歩後ずさる性悪魔法使い。


 視線の先には、艶やかな黒髪を揺らしながら迫ってくるエステリーゼが立っていた。


として、担任の暴走を止めに来ました。遠足はベルゼボアの丘と決まっているんです。これを変更することは、担任権限の範疇ではございません」


 正論。大人の正論を真っ向から振りかざすメガネ美女。


「ぐぐっ……ライオールめ。僕に許可もなく副担任を」


「アシュ様……私は今日のスケジュールをお伝えする時に言いましたが」


 ミラが淡々と答える。


「嘘だ! 僕は聞いてないぞ」


「それは、あなたが興味のある話しか耳に入らない腐りきった人間性だからではないでしょうか?」


「……」


「……」


「わかった。僕はミラの話を聞いていた。。執事のミスは、僕のミスだからね」


 認めない。力関係を考慮して強権的に執事のせいにする最低魔法使い。


「……ありがとうございます」


 ミラは、今まで数千回思ったことを、再度思う。


 死ねばいいのに、と。


「しかし、百歩譲って君の副担任は認めたとしても、遠足の件は譲れないな」


「譲れないもなにも、理事長権限ですから」


 勝ち誇ったように黒メガネのふちをあげるエステリーゼ。


「……ならば、ライオールに直接掛け合って変えてもらうとしようか。その理事長権限の命令とやらを覆してもらうためにね」


「なっ、なんですって!? そんなことできるわけないでしょう!」


「フフフ……僕は彼の尊敬する大先輩だよ。力関係で言えば明らかに僕の方が上だ。先輩後輩の関係は、仕事における上下関係よりも遥かに勝る」


 暴論。


 汚い暴論を、真っ向から振りかざす、最低魔法使い。


 しかし、ライオールがこの闇魔法使いに甘いことを知っている。もしかしたらと言う想いが、エステリーゼの脳裏によぎって焦る。


「ひ、卑怯よ! せめて、多数決とか公平な方法で決めないと」


「……なんだ、そんなことでいいのだね?」


「えっ?」


「「「えっ?」」」


 エステリーゼも、リリーも、その他の生徒全員も、「えっ?」である。


「……いいの? 多数決で?」


 思わず聞き返してしまうメガネ美女。


「なんだい? 今更、やっぱりナシは駄目だよ」


「いや……そういうことじゃなくて……」


「じゃあ、いくよ。みんな、二者一択だ。どちらか一方に手をあげてくれ。まずは教科書で読めばわかるような、また旅行でいつでも行けるようなベルゼボアの丘で、アリスト教の退屈な教義を受けるだけの退屈な遠足を選ぶものは右手を」


「……」


「太古の生物や未知の植物が満ち満ちていて、刺激的な出来事が満載。一生に一度行けるかどうかの秘境シリササ山を探索して、超極上体験味わえる非常に楽しい遠足を選ぶものは左手を」


「……」


「まあ結果はわかりきっているがね……さあ! 手を挙げてくれたまえ」


 自信満々に叫ぶ闇魔法使い。













 満場一致で生徒は右手を挙げた。

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