四聖


 四聖ゼデス=グーン。光の防御魔法を得意とする魔法使いである。アリスト教徒の証である白の法衣を纏った爽やかな好青年だ。陰険でインドアで暗い性格のアシュとは正反対のタイプである。


「バッカス……お前らしくないな。立て直すぞ」


 そう言いながら、詠唱を始める。


<<光陣よ あらゆる邪気から 清浄なる者を守れ>>ーー聖陣の護りセント・タリスマン


 瞬く間に。三人の前に光の魔法壁が張られる。


「敵はあのヘーゼン先生ですら殺せぬ化け物だ。しかも、リザルドすら、為す術もなくやられた。俺たち一人では勝てぬことを自覚しろ」


 同じく四聖のベガ=リールが戦闘の構えを見せる。光の攻撃魔法を得意とする魔法使いであると同時に、肉弾戦もこなせる僧侶武道家パラディンである。


「……」


 バッカスも心の平静を保ち、再び七色の変化カメレオンを唱えなおし、姿を消す。


 四聖の戦い方は、基本的に集団戦が多い。ベガが敵の前衛で戦い、ゼデスが守り、リザルドが炎魔法で攻撃。バッカスが敵の隙をつき敵を片づける。その布陣は非常に相性がよく、個人の実力の数倍の強さを持つと言われる。


 だからこそ、アシュは、各個撃破を狙ったが、リザルド以外は仕留めそこなった。余裕な表情を浮かべているが、実はかなり焦っている強がり魔法使いである。


<<影よ その身に 呪縛をーー


「遅い!」


 僧侶武道家パラディンのベガが突進し、距離を詰める。


「くっ!」


 繰り出される拳の弾撃を必死に躱すが、詠唱が同時に途絶える。


 なんとか距離を取り詠唱をし直そうとすると、


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 バッカスからの魔法が感知できない角度から発射される。


「う、うおおおおおおおおっ」


 鋭利な刃の飛翔もギリギリ躱す。昔から、躱すことだけは超一流の闇魔法使い。


「はぁ……はぁ……」


 息をきらしながら。絶体絶命のピンチに追い込まれたことを自覚する。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 アシュもまた無策ではない。闇の極大魔法をベガに向けて放ち、巨大な黒の塊がたちまち周辺を呑み込み包む。


 が。


 一瞬にして。


 放った魔法は霧散した。


「俺の魔法に暗黒は一切通さないよ」


 先ほど魔法壁を張ったセデスが不敵な表情で笑う。闇への相克に特化した光のカーテン。渾身の闇魔法がかき消されたことで、以降全ての闇魔法が通じないことが証明された。


「二人ともこっちへ」


 そう言ってベガとバッカスを戻した。もはや、戦闘的に優位な状態は証明された。戦いを急ぐ必要はないとセデス判断する。


「はぁ……はぁ……」


 気に入らない闇魔法使い。その余裕をギッタギタにぶっ潰してやると、心の中で誓った瞬間だった。


「アシュ=ダール。一つ提案があるんだ」


「……なんだい?」


「この場はあきらめて、退け」


「なっ……セデスっ!」


 隣のバッカスが驚いた表情を浮かべがら睨む。


「落ち着け、バッカス。今回の目的は、国を亡ぼすこと。この闇魔法使いおかげで、我々も本格的に参入せざるを得ない。あの闇魔法使いは不死の魔法使いだ。戦闘的に優位でも、封印するのには時間がいる」


「くっ……」


 自尊心を傷つけられて。バッカスの心中は穏やかではなかったが、セデスのいうことが効率的であることは明らかだった。


「アシュ=ダール。お前が、兵たちにかけた幻術を解けばこの場は見逃す。しかし、もし戦い続けるというのなら、ヘーゼン先生の代わりに、貴様を千年幽閉して見せる」


 しばらくの沈黙が流れ。闇魔法使いはあきらめたように、静かにつぶやいた。


「仕方……ないな」


「交渉成立だな」


「いや、そう言う意味じゃないんだ」


「……なにを言っている?」


「僕はね。痛いのが嫌いなんだ。傷つくのが嫌でたまらない。できれば、最小限の被害で済む方法を常に考えている」


「だからなにが言いたい!?」


 セデスの語気が荒くなる。


「ふっ……わからないかい? 僕は痛みを諦めたんだ。我慢するよ。勝利のために仕方なくね」


「ベガ! バッカス!」


 叫び声と共に。僧侶武道家パラディンが飛び出し、拳檄の嵐を見舞う。


 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾だだだだだだだだだだだだだだだだっ


 が。


 今度は避けない。全ての拳を無防備に喰らい続ける闇魔法使い。その瞳は閉じられ、一ミリの動きもない。


<<暗黒から 迷い出る――


 そして、静かに詠唱を始める


「くっ……詠唱をやめろ!」


 ゴキ。


 アシュの関節技で左腕をへし折った。逆方向に大きく曲がり、常人ならば二度と動かすことができぬであろう重傷だが、それでも苦悶の表情一つ見せない。


 魂よ 報われぬ――


 そして、闇魔法使いの詠唱もまた止まらない。


「バッカス!」


<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎パラ・バルバス


 放たれたのは極大魔法。リザルドのような威力は出ないが、確実に影も残らぬほどの魔法。


 しかし。


 業火に焼かれながら。


 命を刈り取る 悪羅を 死せん>>


 闇魔法使いは詠唱を終え、地面に象徴シンボルを描こうとする。


「おっと」


 ゴキッ……ゴキッ……


 折れ曲がった腕を強引に戻しながら。


「ば、化け物め……」


 ベガが思わずつぶやく。


 そして。


 地面から現れたのは、二体の悪魔だった。


「やぁ、ベリアス、オリヴィエ。ご機嫌はいかがかな?」


 アシュは歪んだ表情で笑った。



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