売られる


 なんの変哲のない村。


 寂れてもいないし、喧噪高いわけでもない、アシュの印象はそんな感じだった。


「はぁー、やっとつきましたね。ここが、私の生まれ故郷です」


 元気よく先導し、クルッと振り返ってミラが微笑む。


「全身全霊で興味ない。そして、さも、長旅をしてきたかのような口ぶりはやめてほしいね。出発したのは昨日だろう?」


「ぐぐぐっ……いじわるっ!」


 ……至極真っ当な指摘だと思うが、と性悪魔法使いは思う。


「さて、君ともここでお別れだね」


「えっ!? 家に来ないんですか?」


「……逆にどうして僕が君の家に行くと思ったんだい?」


「だって、凄くお世話になったのに。なにかお礼をさせてください。精一杯おもてなしします」


「ほう……それは、僕のような大陸有数の大富豪であり、美食家であり、完璧主義者である僕を納得させるほどの、もてなしなんだろうね?」


「知りません! でも、来てください」


「……ああ、そうだね。君は言葉が通じないんだったね」


「早く早くっ!」


「ちょ……まだ僕は行くと言って――」


 性悪魔法使いが言い終わる前に、言葉不理解美少女は彼の袖を引っ張って連れていく。


 辿り着いた先は、これと言った特徴のない家だった。


「……」


 なんの変哲もない村の、なんの変哲もない家。


 アシュの率直な感想だった。


「ここです。さあ、入った入った」


 彼の背中を押して強引に入れる。


「ミラ! あんたどこに言ってたの!?」


 バタバタ出てきたのは、なんの変哲もない母親。優しそうで、感情豊か気で、少し口うるさそうで。どことなく、ミラの美しい面影はあるが、相応に年齢を重ねた感じだ。


「ただいまー、お母さん」


 変哲ばかりのアホ娘は、あっけらかんと、ドタドタ家の中に入る。


「あんたはいつもそうやって親の心配を……って、誰?」


 母親は不審な視線を浴びる闇魔法使い。


「おっと、ご挨拶が遅れました。僕はアシュ=ダールと言います。以後、お見知りおきを」


 いつも通りの華麗で、紳士で、丁寧にお辞儀をする。この辺鄙な村では、恐ろしいほど馴染んでいない、違和感のある挨拶。


「は、はぁ……」


 母親の警戒心は一層高まった。


「しかし、お美しい。実にお美しい。そうだ、こんなところでなく、我が館にぜひいらしてください。一緒にブランチでも――」


「ちょ……なに人の母親をナンパしてるんですか!?」


「ふっ、君を娘と呼ぶ日が来るかもしれないとは……世も末だな」


「それは激しくコッチのセリフです! お父さんがそこにいるのに公然と不倫しようとしないでください!」


 巻き起こる悪寒が止まらないミラの指さす先には、ムッツリ顔で腕を組んでいる男が。どことなくミラの面影があるが、こちらも歳相応の中年だった。


「恋愛に、伴侶の有無は関係あるのかな?」


「……恐ろしく無邪気に質問しないでください! あります」


 そんな風に言い合っていると、


「ミラ……誰だ? この、ふざけた男は?」


 父親が恐ろしい顔で、こちらに来る。即座に、問答無用に、非倫理魔法使いを殴りそうな勢いである。


「い、命の恩人なの! 野盗たちに襲われていたところを助けてくれたの」


 慌てて少女が父親とアシュの間に入る。


「この男が?」


 明らかに、不審者を見るような視線に、


「……ふっ、僕は招かざる客のようだ。失礼するよ」


 アシュは背中を見せて歩き始める。


「ちょ……」


 急いで後を追うミラ。


「待ってください!」


 足早に立ち去ろうとするアシュの正面に回り込んで急いで止める。


「……なにかな? もう、僕に用事はないはずだが」


「ない……ですけど!」


「それにしても、あんなもてなしを受けるとは。信じられないほど不快だったよ」


「それは……信じられないくらい自業自得だと思いますけど……それは、置いといて」


「なんだい?」


「……」


 ミラ自身にも、なぜアシュを引き留めているのか、よくわかっていなかった。はっきり言って、嫌いなタイプであり、性格も、人格も嫌なところだらけ。


 でも……


「……私、近いうちに見知らぬ貴族に……売られるかもしれないんです」


 なぜか、口にしてしまった。


 この性悪で、一番慰めとは縁のない男に。


               ・・・


 しばらくの沈黙が続き、


「信じられないな」


 ボソッと口にした。


「アシュさん……もしかして、心配してくれて――」


「君は売れるのか?」


 !?


 シンジラレナイ衝撃的一言。


「キ―――――っ!」


 ブチ切れて殴りかかってくるミラの額を、アシュは片手で抑える。


「やれやれ……すぐに暴力……そんなことでは先が思いやられるね。いいかい? そんな短気では、仕事は長続きしない。もし、仮に、万が一、君が売れるなどという天変地異極まりない出来事が起こったのなら、僕の忠告を忘れずにいるといい。まあ、君にそれだけの脳みそがあればの話だが」


「サイテー! サイテー! サイテー! サイテー! サイテー! サイテー! サイテー! サイテー! 大嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!」


「ふぅ……僕の励ましもアホには通じないか。まあ、僕は買う方も、売る方も、ごめんこうむるね。まったく、品のない。では、売られた先でヨロシクやりたまえ」


 颯爽と、性悪最低魔法使いは去って行った。



 



 

 

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