晩餐
入浴を終えた後、服を着替えて自室から出ると、七面鳥の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
「あっ、ちょうど料理できたんです。早く降りてきてください」
調理場から出てきたミラが弾けるような笑顔で手招きする。
「……」
確かにお腹は減っていた。栄養を取らなくても、死ぬことはないが、やはり料理の匂いは食欲をそそられる。
食事が置かれている部屋に入ると、そこには豪華な料理の数々が並んでいた。
「ほぅ……」
「料理は少しだけ自信があるんです」
「感心したよ。どんな人間にも長所の一つはあるもんだね」
「エへへ……」
「……はぁ」
まったく皮肉が通じない天然美少女に思わずため息を浮かべる。ブスッとした顔で座ってステーキにナイフを突き立て口に運ぶ。
「……」
「……ど、どーですか?」
「……」
無視。
次に、サラダにフォークを突き立て、口へ運ぶ。
「……お、美味しいですか?」
「……」
断じて無視。
更に、グラスのワインを傾け舌で転がす。
「……まずいですか?」
「う、うるさいなぁ! 少しは静かにしてくれないかな」
「だって、全然感想言ってくれないじゃないですか!?」
「君は食事をするたびに料理の感想を口にするのか? ああ、君は言うかもしれないが、僕は言わないんだ」
「ぐぐっ…ケチっ!」
なにがどうなってケチになるのか、理由を考えることすら馬鹿馬鹿しくなって、性悪魔法使いは食事を再開する。
「……ミラ、君は食べないのか?」
「えっ! 食べていいんですか?」
「……どうせ、こんなに食べきれないんだ。僕はそんなに狭い心をもってはいないよ」
「ありがとうございます……はぐっ……はぐっ……」
「猛烈に下品な食べ方だな……君みたいなのを美少女の無駄遣いというのだね」
「……アヒュハン、ハハヒンハホヘホヘ……」
「く、口に物を入れたまま話すんじゃない!」
「フ、フヒハヘン」
モグモグ。
「……はぁー、美味しい! 食材もどれも新鮮で。いつ買ってきたんですか?」
「8年前」
「またまたぁ!」
ミラはそう言って笑い飛ばすが、紛れもなく事実である。食物を新鮮に保つ特殊な魔法処理が施されており、十数年は腐ることなく鮮度を保つ。そもそもの目的は遺体保存だったが、それを日常的に活用した形だ。
と、そんなことを長々と説明したところで、このアホ娘に響かないことはわかっているので、ただ、ため息をつく。
「アシュさん……ニンジン食べないんですか?」
大皿のサラダにニンジンが多めに余っている。
「……子どもの頃からどうしてもニンジンは苦手でね。いらない」
「美味しいから食べてください」
ひょいひょい。
「あ――――――! なんで、僕の皿に盛るんだ!? いらないって言ったじゃないか!」
「だ、だって美味しいんです」
「君はな! 僕は嫌いなんだよ!」
「食わず嫌いですよ! 大人になっていくにつれて味覚なんて変わっていくんですから! 今日、挑戦してみてくださいよ」
「食べたくないんだよ! 大人になってまで嫌いなモノ食べたくないんだ!」
「好き嫌いしたら栄養が偏っちゃうじゃないですか!?」
「好きなモノで栄養のバランスを整えるからいいんだよ!」
「くっ……ああいえばこういう。子どもですか!?」
「それは激しくこっちの台詞だよ!」
「残すのは許しません! 食べるまで片づけませんからね!」
「君は僕の先生か!? 余計なお世話なんだよ!」
「これを作った農家の人に申し訳ないと思わないんですか!?」
「君は僕の母親か!? そもそも、僕は農業においてこの大陸に多大な寄与をしているから全然悪いとは思わない! むしろ感謝して欲しいくらいだね!」
「とにかく! 私、あと片づけしてますから、全部食べてから部屋に帰ってくださいね!」
「くっ……君は人の話を……」
そう言い終わる前に、ミラが席を立って、調理場へ颯爽と去って行く。
「な、なんてせわしないアホ娘だ……」
モグモグ……
――農家の人に申し訳ないと思わないの!?
アシュの頭に、先ほどの言葉が木霊する。
元々、彼は麦農家の息子だった。子どもの頃から、その難儀な性格でよくニンジンを食べずに母親を困らせていた。『こらっ、アシュ! ニンジン食べなさい! ニンジン農家の方に申し訳ないと思わないの!?』と母が怒れば、『僕が勉強して、偉くなって、農家が楽になるような魔法を考えるから、だから全然悪いと思わないよ』、それが母と息子の日常会話だった。
結局、アシュが大陸の農業を革命するほどの魔法肥料を開発したのは、母親が死んで30年ほど経過した時だったが。
「……まったく。くだらないことを思い出させてくれる」
闇魔法使いは額に掌を押さえつけてつぶやく。
・・・
「どうですかー、食べ終わりまし――アハッ」
ミラの顔が笑顔になる。
すでにアシュの姿はなかったが、皿に盛られたサラダは綺麗になくなっていた。
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