協力
ロイドはアシュを見ながら、数歩後ろへと下がる。
「……侵入不能の結界は敷いておいたはずだったが。さすがは闇喰いと言うところか」
「お褒め頂いて光栄の限りだが、その前にシスを離してもらおうか。君は、レディの扱いにはもう少し気をつけた方がいい」
アシュが言い終わる前に、ミラが高速で移動し、ロイドが掴んでいる胸倉を蹴りあげてシスから強引に引き剥がす。そして、すぐにふらついた彼女をガッチリ両手で包み込んだ。
「ああ、悪いな。これでも、充分に丁重だったと思うのだがな。そうでなければ、あんたが来る前にみんな命はなかったさ」
ロイドの言葉にクラス中が息を飲む。
「まあ、それはなかったと思っているよ。君たちが欲するのは聖櫃だ。リリーに放った魔法も、傷つきはするだろうが死にはしなかっただろうからね」
「なっ! み、見てたんですか!? 見てて私を助けなかったんですか」
リリーから不満の横やりが入る。
「君を信じたが故の傍観だよ」
「な、な、なんて奴! 生徒が危ない時に命を懸けて守ってくれるのが教師じゃないんですか?」
<<雷雹よ 愚者に死をもって 沈黙させよ>>ーー
雷が宿った無数の球が一斉にリリーに襲うと、
<<絶氷よ 勇猛なる聖女を 護れ>>ーー
ミラが横から、リリーの前に氷の
「五月蠅い女は嫌いだな。今は俺とアシュが話しているんだ」
不機嫌そうにロイドはリリーを睨む。
「だ、そうだよ。まあ、僕は彼ほど短気ではないがその意見にまったく同意だね」
「なっ……」
リリーにさらなる怒りマークが一つ。
「……くくくくっ」
ロイドが笑いだす。
「……ふふふふ。なあ、僕たちは割合気が合うようだ。そうは思わないかい?」
「ああ。お互い、建前じゃなく、目的を優先する。その点については同意できるな」
「わかってもらえて嬉しいよ。世の中、ギブアンドテイクが成立すれば僕は悪魔とだって交渉できる。僕が欲しいものを言おうか? 僕はサモン司教が、聖櫃を手に入れてなにをするか。それに興味があるんだ」
「……このクラスの生徒を守らないというのか?」
「まあ、言い方がよくないがそうなるかな」
「!?」
クラス中に!?マークが木霊した。
「何言ってるんですかあんた!」「そんな教師いますか! 最低です」「普通助けるでしょう!? 普通助けますよね」「人でなし! ロクデナシ! 甲斐性なし!」
日々の授業の中で、大分親密さを増していったクラスメートから一斉に非難が投げられる。まあ、その半分はリリーの言葉だったが。
「……うるさいな。ミラ」
「はい」
<<光縛よ 偽者の如き 静粛を示せ>>ーー
教室中の地面から光が放たれ生徒たちの動き、そして言葉を封じた。
「僕の創ったミラは素晴らしいだろう? 彼ら程度のレベルの者だったら、一瞬にして動きを封じることができる。まあ、君には無理だったようだが」
アシュは、機嫌がよさそうに教壇に座って足を組む。
「……お前が提供するものは、この生徒全員と言う事か?」
「いや、聖櫃であるのは一人。サモン大司教の元へ連れて行くのは一人でいい。僕も教師なのでね。生徒たちが無差別に弄ばれるのは我慢がならない」
そのアシュの言動に生徒たちの想いは一致した。
お前が言うな、と。
「もう、すでに聖櫃である者が特定できているというのか?」
「僕を誰だと思っている? 伊達に1カ月も彼らと授業をともにしていたわけなじゃいさ。君たちの動向も、正体も含めてすべて調査済みさ」
「……」
私が調べたんですけどね、と有能執事が心の中で思う。
「……お前の言うことを信じろというのか?」
「僕が思うに、君はそうするしかないと思うがね?」
「……」
確かにロイドの目算は外れていた。それは、特記戦力としてミラを入れていなかったこと。今の能力を見るに、相当な手練れだ。ここで闇喰いと彼女を相手にするのは、得策ではない。そう分析した。
「まあ、君が悩む理由もわかる。しかし、君がしなければいけないのは、聖櫃を連れて僕とミラをその場所へ連れて行くことだけだ。君たちの本拠にわざわざ招待されようとしている。これは、破格の提案だと思うがね」
「……大した自信だな」
ロイドは低く笑った。アシュが本拠に乗り込むのは、自分がそこに行ってもなお、生き残れる自信があるということを示している。
この男が持つ絶対的な自尊心を打ち砕いていやりたい。この男の前で俺の実力を見せつけてやりたい。ひざまずかせて、もはや闇喰いなど過去の遺物だと思い知らせてやりたい。ロイドから次々とそんな想いが湧きおこった。
「その言葉、了承と受け取っても構わないかな?」
「ああ。それで? 聖櫃は一体誰なんだ?」
「……シス=クローゼ。聖櫃は君だ。悪いが僕に付き合ってもらうよ?」
アシュは彼女を見て、優しく笑いかけた。
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