世界
同刻。ホグナー魔法学校の保健室。シスが目を開けた時、そこは見慣れぬ天井だった。いつもと違うベッドの感触を感じながら少しの間放心していると、やがて暖かな掌の感触が伝わってきた。
「気づいたのね……よかった」
その声は、昔から聞き慣れた声だった。そこに座っていたのは、心配そうな表情を浮かべたリリーだった。上半身を起こして、周りを見渡し、ここが初めてホグナー魔法学校の中だと気づく。
やがて、リリーとこの学校で話すのはもう半年振りのことかと思い起こす。
クローゼ家とシュバルツ家は互いに国の根幹を担う存在でありライバル同士でもある。彼女たちが小さい頃は少なからず交流があり、そこで2人は知り合った。不思議と気が合った彼女たちは両家が互いに隙を見せられない間柄にも関わらず親友同士になった。
「なんでここに……?」
「なんでって! 急に倒れたって言うから……心配で……私にそんな資格ないのかもしれないけど」
申し訳なさそうにつぶやくリリーに、シスが優しく頭を撫でる。
「ふふ……なんで? 学校の中では一緒にいない方がいいって言ったのは私だよ?」
両家が表立って2人の関係をよしとしなかったのはリリーが『聖賢者の再来』と噂され、シスが不能者だと言われ始めた時か。彼女たちと言うよりは、周囲が敏感に反応した。だから、リリーとシスが話す時は、誰もいない寮の部屋だけに限られていた。
「……でも、私は従ったわ。あなたがそう言うからって。家族がそう言うからって」
「私を心配してくれてのことじゃない」
シスはよく殴られた。母から。父から。
なんで、お前は魔法ができないんだ。リリーは素晴らしい魔法使いに成長しているのに。なんでお前は不能者なんだ。シスが青痣を腫らした顔で登校した時、リリーの顔は真っ青だった。
シスはリリーに納得させるために、提案をした。お互いのために無視し合おうと。
「それでも……私は、正直ホッとしてた自分がいたの。心の中では、ずっと、どこかで」
「……リリー」
シュバルツ家でも、同じような対抗心は存在する。シスほどじゃないにしても、シュバルツでもまた、シスとの付き合いに大きな干渉はあったのだろう。
「でも、もう私……自分の心を隠すのはやめた。シス……私には少し疎ましい想いもあるわ。特に……」
グニッ
「はにゃっ!?」
リリーはシスの背後から突然抱きついて、大きな胸の膨らみを揉みしだく。
「この大きな……なんで私には……」
「ちょ、リリー……それは少し違う気が……あっ! だ、だめっ」
リリーのから必死に逃れようとする赤面のシスだったが、毛布が足に絡みつき逃げ足を遅くする。
「私だって……毎日牛乳飲んでるのに。毎日8時間睡眠なのに……」
ブルブルと震えだすリリー。
意外と真面目に超コンプレックスな貧乳女子である。
「ひゃ……あ、あんっ……ご、ごめんなさぁい、許してぇ」
・・・
貧乳のやっかみも終わり、すっきりした表情を浮かべるリリー。
「な、なんなの?」
実に15分間。己の双丘を揉みしだかれたシス、意味わからず。
「大事なのは勇気を出してその恥を認めること。間違えを正すこと、その勇気を持つことこそ重要であるのだ、なんだって」
「……誰の言葉?」
「誰とかってどーでもいーの! とにかく、私よりちょっと胸が大きいあなたのことが憎くて、凄くあなたのことがだーい好き。これが私の本当の気持ち」
「リリー……」
ちょっとじゃない――という心の声を瞬時にしてシスは奥底に封印した。
「シス、あなたは? 私のことをどう思ってる?」
「……恨んでたよ。ずーっと。あなただけ魔法使えて、羨ましかった。私、ここではあなたと一緒にいたくなかった。だから、あの時そう言ったの。あなたのためだって、そう言い聞かせて」
「……うん」
「その後だって、ずっとホグナー魔法学校でお互いに話せなくて……あなたは私のことを想っててくれてたの知ってたけど……でも、寂しかった……寂しかった」
「……ごめん」
「私……あなたのことなんて……凄く嫌い……でも……大好き……すっごく羨ましいけど……一緒にいたい」
シスの瞳からは涙が溢れてきた。リリーは彼女を優しく抱きしめながら彼女の艶やかな髪を撫でる。彼女たちは互いに泣いてわらって、非常に忙しい少女たちだった。
・・・
2人の感情が落ち着いてきた時、
「……そろそろ帰らなくていいのかね?」
そう声をかけたのは、いつの間にか保健室にいたアシュだった。
「な、なんでここにいるんですか?」
リリーが警戒しながらシスを守ろうとする。
「生徒たちの心配をするのが教師の務めと聞いているがね」
「よ、余計なお世話です! シスは大丈夫です。すぐに行きますから」
「そうか……」
そう言って、身を翻して保健室のドアを開けるアシュ。
「あ、あの先生! あの人は……」
「後で、ミラから聞くがいい。それと、リリー君」
「な、なんですか?」
「……100点だ」
バタン
そう言い捨ててアシュは扉を閉めた。
「な、な、なにがっ! あんな奴に評価されたって……全然嬉しくないってのっ」
「ふふ……リリー? 顔、リンゴみたいだよ」
そう指摘されて、一層顔が真っ赤に染まるリリーだった。
一方、アシュ。外で待っていたミラを通り過ぎて授業に向かう。
「……なかなかいいものを見せてもらった」
「はい……アレだけドアの鍵穴越しにシス様の胸が揉みしだかれている光景を熱心にお眺めになりましたものね。ドアノブが溶けてなくなるかと思いました」
「……」
アシュはなにも答えず歩き去った。
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