♪4 あなたのSは?
「俺だったらまぁ『SEXY』だろうな」
ほろ酔い気分の
「そんじゃオッさんなら何なんだよ」
そう振られて長田は「俺かぁ?」と腕を組んだ。
場所はもちろん三軒茶屋の
主である
せめて少しでも困らせてやろうと思ったのか、ただ純粋にちょっとした話題として出したのかは本人不在のいま知る由もないが、「『S』から始まる、自分に合う単語といえば何だと思います?」という『彼にしては』難解なお題をひとつ置き去りにして。
「オッさんは『SUN』じゃないですか?」
章灯同様に自分に当てはまる『S』がなかなか思い浮かばないでいる長田に向かってそう言ったのは
「サン~? 息子かぁ?」
「いえ、太陽の方です」
おどけながら尋ねる湖上をさらりとかわし、晶はテーブルの上につまみを並べ、腰を下ろした。すかさず湖上がそれに手を伸ばす。長田はまだ眉間に皺を寄せていたが、組んでいた腕を解き、並々と注がれているコーラに口を付けた。
「前に咲さんが、オッさんは太陽みたいって言ってました」
「――ぅぐぅっ!!」
すんでのところで派手な噴射は免れたものの、自身の上着に少しだけかかってしまったらしく、長田は慌てて脇に転がっていたティッシュ箱を手に取った。初期対応が良かったのか、はたまた単にダークカラーだったためか、大惨事には至らなかったのが幸いである。
しかし、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてにじり寄る湖上の姿を見て、晶は、これから起こるであろう『じゃれ合い』のきっかけを作ってしまったことに罪悪感を覚えた。
「いやぁ、相変わらず仲がよろしいようで、『健次君』とこは」
「――うっ、うるせぇ!」
「良いよなぁ、自分にベタ惚れの若い嫁さん……」
「コガ、黙れ!」
「えぇ~? 俺、悪いことなんて言ってねぇよなぁ? 良いなぁって羨ましがってるだけじゃねぇか」
「お前が言うと何かムカつくんだよ!」
「ひっでぇ~。なぁ、アキ酷くねぇ?」
「アキを味方につけんじゃねぇ!」
「コガさんももうその辺で」
いつもの『じゃれ合い』よりもやや喧嘩寄りに見えるものの、この2人が『本当の喧嘩』に発展することはほとんどない。だから大丈夫だと思いつつも、晶は心中穏やかではない。自分が間にいる限り殴り合いになることはないだろう、そう判断し、湖上と長田の間に入り、怒りを鎮めるように長田の胸を撫でている。
――章灯さん、早く帰って来てください……!
「戻りました――。おあぁ?」
それから数分後、のんきな声をあげ、この騒ぎの『火種』がコンビニ袋を下げて戻ってきた。
章灯の眼下には、3人の関係を理解していない人が見ればまず間違いなく誤解をするであろう光景が広がっている。
事実だけを述べるとするならば、湖上に背後から抱き付かれつつ、前傾姿勢になっている長田を両手で支えている、という状態である。見ようによっては、男性2人から熱烈なアプローチを受けている、ないしはいっそシンプルに『襲われている』とも取れる構図である。
「何してんすか」
けれど章灯は動揺したりなどしない。
愛しい晶に抱き付いているのが彼女の『父』であり、その向かいにいるのが『おじ』だということを熟知しているからである。とはいえ、そのどちらも全く血の繋がりはないのだが。
「お帰りなさい、章灯さん……」
しかしその弱々しい声で、晶がSOSを発していることに気付いた章灯は、袋をその場に置いてさほど遠くもないその距離を駆け足で詰めた。
「何だ? いつものじゃないのか? ――おっ? おっも! オッさん、ちょっと体重かけすぎですって。アキが潰れますよ!」
ぐぐぐ、と長田の身体を押す。支えるのが章灯になった時点で明らかに体重の乗せ方を変えたのだが、彼は気付いていないようだった。
「ばーか。アキの時は加減したに決まってんだろ。力ねぇなぁ、章灯」
「何なんすか、もう」
「いや、お前が変なお題置いてくからだろ」
「俺ぇ? あれのせいでこんなことになったんですか?」
予想外の『きっかけ』に章灯は素頓狂な声を上げる。いえ、きっかけは私で、と晶が小声で挟もうとするのを湖上は「良いから」と制した。
「――んで? お前はどう思うわけ?」
「はい?」
「俺らのこと」
まさかそんな質問が来るとは思っていなかったのだろう、章灯は「そうですねぇ」と呟いて腕を組んだ。
「ほらみろ、やっぱり浮かばねぇじゃねぇか」と長田はなぜか得意気である。
「いえ、コガさんとアキのはすぐ浮かんだんですけど……」
「やっぱ俺かよ! 俺ってそんなに難しいのかよ! 何でだ!」
「ほぉ、章灯よ。俺とアキのはすぐに浮かんだんだな? どれ、言ってみろ」
湖上がずずいと顔を近付ける。見れば晶もまた気持ち身を乗り出していた。そんなに注目されると言いづらい。そう思いながら章灯は口を開いた。
「だから……。コガさんは『SEXY』で、アキは『STAR』かな、って……」
そう言うと湖上は、ふふん、と鼻を鳴らして胸を反らした。その態度に長田は苦虫を噛み潰したような顔をした。『STAR』という単語を与えられた晶はというと、眉間に皺を寄せたいつもの表情で小首を傾げている。
「まぁ、アキの『STAR』は納得出来るけど」
長田がそう呟くと彼女の眉間はより一層深い谷を刻む。
「それにまぁ、こいつにゃそれくらいしかねぇか」
忌々しげに指差したのは湖上そのもの、というよりも彼の下半身を、だった。
「しかし、俺ってそんなに難解かぁ?」
長田は喉を鳴らしてコーラを飲み、拗ねたように口を尖らせた。不満そうな晶といじけた長田はお互いに視線を合わせ、ほぼ同時に「うぅ」と唸った。
「私は……むしろ『
「アキ、随分冷静に分析したな。それもあるかもだけど、アキの場合、それ以上にスター性が半端ないんだよなぁ」
章灯がそう返すと湖上と長田は口々に「一理ある」「いや『一』じゃ足りねぇ。『二』理はあるな」と同意した。
「そんな……」
3対1では明らかに分が悪い。それ以前に彼女がこの手の討論で彼らを負かすことなどまず不可能である。
「いや、オッさんのも無いわけじゃないんだけど……」
至極言いにくそうに頭を掻きながら、章灯がぽつりと言った。ともすれば独り言とスルーされそうなヴォリュームではあったが、晶がそれを逃すわけはない。ちょうど矛先を自分から変えたいという思惑もあったのだ。
「何ですか?」
「えっ? いや……、笑うなよ? 絶対」
「章灯、それは『フリ』っつーことで良いな?」
「ちょ……っ、違います!」
「良いから早く言えよぉ」
茶化したい湖上にそろそろ面倒になってきたらしい長田。晶だけはきちんと正座をして聞く体勢を整えている。
「いや……何か、『SUN』とか、かなって。――ほっ、ほら! オッさんていつも聞き役だったりして頼れるし! 何っつーか、優しくて、暖かい! みたいな?」
それまで三種三様だったはずなのに、その瞬間、一様に白けたような表情になり、章灯は困惑した。滑ったのだろう、と言葉を重ねてみるも3人の表情は変わらない。
笑ってすらもくれないのかよ?!
「ごめんな章灯、それさっきもう終わったんだわ」
「終わったって、何が?!!」
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