♪33 ニンジャ? ナンジャ? 劇場版より・中編

 いつもは独りきりの女部屋ですが、エリが来てからというもの、その寂しかった空間はとても楽しいものになりました。いまでいうところの女子トークに花が咲くのです。


 エリは身分こそ必死に隠しながらではありましたが、女中の話を自分の姉妹達のものとして話しました。そしてあんずはここへ来るまでの辛かった身の上話を努めて明るく語りました。

 由緒正しい薬師の家に産まれ、たくさんの使用人に囲まれながら蝶よ花よと育てられたものの、夜盗の襲撃により、全てを失ったこと。いまでも時々思い出して悲しくなるけれど、ここには仲間もいるし居場所もあるから、いまは幸せである、と。


 しかしいくら明るく話したところでその重さが軽くなるわけでもありません。エリはあんずの痛々しい笑顔に感化されてか、家出の理由をぽつぽつと語り始めました。


「実はね、私、結婚が嫌で逃げ出したの」


「だって、相手のしょうったら、とんでもない弱虫なのよ」


「小さい頃に一回だけ遊んだんだけど、こぉーんなちっちゃな蛇見て泣いてさ。私が追っ払ったんだから!」


 エリは大袈裟な身振り手振りで、そのお相手の『章』なる人物がいかに頼りないのかを力説します。その様子にあんずは思わず吹き出してしまってから、それが曲がりなりにも一城の主であることを思い出し、コホン、と咳払いをするのでした。


「この私の相手になるなら、まず、馬に乗れないとお話にならないわ。それから、剣術はもちろんだけど、弓だって扱えなくっちゃ!」

「それはちょっと理想が高いんじゃない?」

「高くないわよ! 城を……じゃなかった、いざって時にわたしを守れないような、そんな男なら、ずっと一人の方が良い!」


 いざという時に私を守る。


 その言葉で、あんずは忍太郎と泰蔵の顔を思い浮かべます。

 そこそこの忍術センスはあるのに、だいたいいつも偶然に偶然が重なりまくって窮地を脱する忍太郎。

 忍術ははっきり言ってセンスの欠片も無いものの、最後は得意の怪力でゴリ押す泰蔵。

 彼らに比べれば自分が一番攻守のバランスが取れているように思えるのです。


「そうね、確かにそうかも」


 そう言って2人は顔を突き合わせて笑い、夜は更けていくのでした。



 変わらず訪れるはずの平和な朝は、けたたましく打ち鳴らされる物見櫓ものみやぐらの大鐘の音によって破られました。慌てて跳ね起き窓を覗くと、広場には火が放たれ、人々が逃げ惑っております。シノビ村は忍者の村ではありますが、当然、そうでないものもいます。その多くは女子どもです。この村にいるくノ一はあんずだけなのです。


「大変! おばさんが! 赤ちゃんも!」


 そう言って風のように駆け出して行ったのはあんずではなくエリでした。村へ来て、風呂を貸してくれたのも着物を用意してくれたのも彼女だったのです。あんずはそれを慌てて追います。


 いくらエリがお転婆だとはいっても、所詮はぬるま湯育ちのお姫様。だったら見習いといえども経験のある自分の方が太刀打ち出来るはず。懐には作ったばかりの『激辛唐辛子玉』に『ねばねば蜘蛛の巣爆弾』、それから『ぴかぴか目潰し玉』に『音だけ爆弾』もある。大丈夫、これだけあればお師匠様がいなくったって。


 そう勇んで広場に向かうと既に忍太郎と泰蔵は山賊共に捕まっておりました。頼りになる先輩達も多勢に無勢と見えてかなりの劣勢を強いられています。


 先に飛び出したエリはというと一体何をどうしたのか上手いこと女性を安全なところへ誘導しています。その傍らには急所を抑えて蹲っている賊の姿があり、あんずはすべてを悟ったのでした。


 この子、なかなかやるわ。


 眉間にしわを寄せ、こちらに向かって走って戻って来るエリの姿と、まとめて縄でぐるぐる巻きにされている忍太郎と泰蔵とを見比べてあんずは深くため息をつき、声を上げるのです。「頼りにならないなら、私がやるしかないじゃない!」と。

 その言葉を聞いたエリもまたニヤリと笑います。


「そうよ、女だって戦うのよ!」


 何かに憑りつかれたかのように鬼気迫った表情でバッタバッタと賊共をなぎ倒していく少女2人に、縛られたままの忍太郎はぽつりと漏らすのでした。


「僕、これからはあんずをあまり怒らせないようにするよ」

「そうだな。こっえ~……。ていうか、そろそろ加勢しないとやばいんじゃないか?」

「そうだね。僕達だって、見習いでも忍者は忍者。こんな縄くらい、こんな縄くらい……? ちょっと時間をかければ、ねぇ、クソッ、あれっ?」



「おいおい、ダメダメじゃねぇか、野郎共は。あんなカワイコちゃんに物騒なことさせてんじゃねぇぞ」


 どうせ子ども向けのアニメだろと斜に構えていたはずの湖上こがみは案外真剣に見ているのだった。やや前のめりになりつつある彼の姿勢を見て、あきらはほんの少し笑った。


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