♪12 やっぱりいらない
「はぁ~、やっぱ恰好良いよな、
フェス開始から興奮しっぱなしの大和が頬を上気させる。moimoizの出番が終わり、トリであるORANGE RODの出番に向けて、機材チェックという名の小休憩中である。咲はというと彼らが2曲目を歌い始めたところで、メインを見る前に、とトイレに立ってしまった。
「何だよ、無駄って」
大和に負けないくらい高ぶる感情を、
「だってさ、身軽じゃん? ギターとマイクだけってさ。曲は打ち込みだからドラムとかいらねぇじゃん」
ドラムとかいらねぇじゃん。
「なっ、何言ってんだよ、大和っ! ドラムだって必要だろ! 恰好良いじゃん!」
幼稚園からの付き合いである颯太は勇人の父がドラマーであることを知っている。しかし、最近親友になった大和はそれを知らない。颯太はチラチラと勇人を気にしながら大和の肩をゆする。目は口ほどにものを言うという言葉を信じ、『もう黙れ』『勇人の父さんはドラマーなんだぞ』と目で訴えてみるも、当然そこまで細かく伝わるわけもない。ただ、どういうわけか自分の発言で颯太が焦っている、そう感じるのが精一杯である。そう、大和の方では自分がとんでもない失言をしたなどと微塵も思っていないのだった。
「必要かぁ? 棒持ってドコドコ叩くだけじゃん? 俺にも出来そうだし」
ドラムなんて太鼓をドンドン叩くだけじゃん! あんなの誰だって出来るよ!
確かに自分も母にそう言ったのだ。
フェス初日の今日は生演奏の必要の無いアイドルが多く、ドラムが必要なのはカメラとORANGE RODのみであった。しかもカメラの楽曲はそれほど激しいわけでもなく、passionのドラマーはもちろん彼女に華を持たせるために目立つこともない。大和の目にはそれが『俺にも出来そう』に映ったのだろう。
「ほ……」
ぎゅ、と拳を強く握り、勇人は立ち上がった。お待たせ~、と言いながら、咲が戻って来る。長いスカートの裾をちょんとつまんでレジャーシートに上がり、何故か起立している息子を見つめた。
「どうしたの、勇人?」
「……っんとだよなぁっ!」
その声は周囲の声に溶け込んでしまう前に、3人の耳にはっきりと届いた。
「勇人……?」
「ドラムなんてただバチ振り回してるだけだしさ! あーんなの俺が適当にやったって出来るってぇ! ハハハハハ! アーッハハハハハ!」
「おい、勇人!」
「どうしたんだよ、勇人」
明らかにおかしいとわかるその様子に、さすがの大和も彼を案じ始めた。そしてふと気付くのである。
――もしかして俺何かまずいこと言った感じ? と。
さんざん無理に笑ったところで、勇人は自分のボディバッグを持った。
「俺もトイレ」
「ちょ、ちょっと! 次は……っ!」
「間に合うように戻るって。大丈夫。母さんは見てなよ。こんなにわかりやすい席なんだから迷ったりしないってば」
勇人はそう言って笑顔を作り、咲の返事も待たずに駆け出した。
「間に……合うかしら……」
咲はそう呟いて、手にしていたスマホを握りしめた。
その後ろでは颯太から事情を聞かされた大和が「マジかよ! やべぇじゃん!」と叫んでいる。
ドラムなんて必要ない。
ほら、やっぱり俺の言った通りじゃん。
大和もそう思ってるんだ。颯太は父さんがドラマーだって知ってるからああやってかばってくれたけど、きっと本心はそう思ってるんだ。だって颯太もmoimoiz好きだもんな。
トイレに行くと言ってしまった手前、何となくその方へ向かってみるものの、摂取した水分は皆汗となって流れてしまい、尿意はさっぱり感じられなかった。かといってこのまま戻るのも気まずい。さてどうしたものかと思っている時、ハーフパンツのポケットに入れていたキッズ用スマホが振動した。
「勇助君だ……」
画面に表示されているのは『勇助君』の文字である。
もう出番のはずなのに何してるんだろう。
そう思いながら画面の『応答』をタップしようと指を伸ばした時に勇人は気が付いた。会場を包み込んでいる歓声の中に聞こえる力強いドラムの音に。
慌ててステージを見るが、はしゃぐ大人達に阻まれ、その音の主を確認することが出来ない。
でも、わかる。カメラちゃんのドラムの人じゃない。とすると、あれは――、
「――もっ、もしもし、勇助君?」
さっきフライヤーを確認したが、こんな演目は書かれていなかった。あれが父さんだとすると、母さんが黙っているはずがない。ということは、きっと何らかのアクシデントか、はたまたサプライズなのだろう。きっと勇助君なら知っているはずだ。一体いま、何が起こっているのかを。
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