♪24 誰の?

「アキ、お疲れぇ~」


 家のドアを開けると目尻を下げまくった中年2人が両手を広げて待機していた。


「ちょっ……、いつの間に合いカギ作ってんすかぁ!」


 ついいつものくせで脱ぎ散らかされたその中年2人の靴をきちんと揃えてから、章灯しょうとは声を上げた。


「固いこと言うなよ、章灯。俺はお前のお義父さんなんだぜ?」


 湖上こがみあきらの肩を抱き、ニヤリと笑った。その憎たらしい表情に思わず「まだ籍は入れてません!」と反発しそうになるのをぐっと堪える。


「まぁまぁ、章灯。今日は特別だ。麻美子ちゃんから借りて来たんだ」


 歯を食いしばっている章灯にそっと長田おさだが耳打ちする。


「……特別ってなんすか」


 抜群のタイミングで入って来たフォローに、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。それでも抜けきらなかった力が彼の唇を尖らせた。


「いまにわかるって」


 それだけ言うと、長田は章灯の背中を押してリビングへと誘った。彼の手がリビングへとつながるドアのノブにかかったその時――。


「章灯さん、早く来てください!」


 驚いたような、弾んだような、とにかく、普段の晶からはほとんど発せられないようなその声に、章灯は慌ててドアを開けた。


「……これは」


 入り口のドアの対面にある壁にでかでかと掲げられた横断幕には丁寧にレタリングされた『ハッピーバースディ!』の文字が躍っている。そして、一体どこから持って来たのか、明らかにここの家のものではないテーブルまで使って大量のご馳走まで用意されている。


「……ハッピー……バースディ……」


 思わずそう呟いてみる……が。


「……誰の?」


 自分のでもなければ、もちろん、大晦日の晶の誕生日でもない。とすると……。ゆっくりと背後にいる長田の方を向いてみるが、彼はニヤリと笑ったまま首を横に振った。と、いうことは、だ。


「コガ……さんの……?」


 恐る恐る問い掛けると、至極満足気な表情で晶の肩を抱いていた湖上は、これ以上ないというくらいの笑みを章灯に返した。それが答えのようだ。


「本日、6月20日はっ、わたくし、湖上勇助41歳の誕生日でありますっ!」


 背筋をぴんと伸ばし、敬礼までして、湖上は声を張り上げた。だが――。


「いや、コガさん、今日ってまだ19日……」


 ですけど……、と続けようとしたところで、長田にポンと肩を叩かれる。


「馬鹿だなぁ、章灯。20日まで付き合えってことだろ」


 

「久し振りです。コガさんの料理」

「美味いだろ? 『親父の味』はよぉ」


 成る程、と2人のやり取りを見て思った。いつもは何だかんだ言ってもきちんとどちらかの許可を得てからやって来る湖上と長田が、マネージャーの麻美子からカギを借りてまでサプライズをしたのは、このためだ。


 晶は心中複雑なはずである。肩の荷が下りたといっても、負けは負けである。自分の作った曲が負けたのだ。時間が解決してくれるだろうが、そんな悠長なことも言ってられない。何せ、それよりも大切な自分達のユニットの方でもあともう数日で新曲が発売されるのである。それに伴うイベントやらテレビ、ラジオ出演のスケジュールで予定はパンパンだ。

 これくらいのサプライズでもなければ気持ちを切り替えることが出来なかっただろう。久し振りの『父の味』に目を細める晶の横顔を見て、章灯は安堵の息を吐いた。


「オッさんもお疲れさまでした」


 薄めに作ったハイボールで頬をほんのり染めた晶がにこりと笑うと、それを受け取った長田は彼女以上に顔を赤らめ、それを隠すかのように勢いよく首を振った。


「んなっ、何言ってんだ、アキ! 俺は別に何も……っ!」

「え――……? 何も、ではないじゃないですか。急な話だったのに、ありがとうございます」


 晶の緩んだ表情と顔の赤みから見て、かなり酔っているらしいことがわかる。彼女は実に女性らしくにこりと笑った。それを見て鼻の下を伸ばしている親父と恋人とは裏腹に、いつもならその中に加わってデレデレしているはずの長田はひどく狼狽している。


「アキ、オッさんに何か頼んだのか?」


 それはそれは、と軽く頭を下げてから、章灯は長田に尋ねた。「何をですか?」と。


「あぁ、章灯さんには話してませんでしたか。それは――」


 酔いのせいで少し瞳を潤ませた晶が軽く首を傾げた。それがやけに色っぽくてどきりとする。


「ま、待て待て待て待てぇぇ――――――っ!」


 長田は身を乗り出し、艶めいた彼女の唇を大きな手で塞いだ。ゆでダコのような赤い顔に、荒い呼吸。こんなに狼狽えている長田を見るのは初めてである。


「コガ! 帰るぞ!」

「え? もう? 今日は朝までのつもりだったんだけど、俺」


 そのままのテンションで湖上の首根っこを掴み、無理矢理立ち上がる。何だかよくわからないといった表情でそれを見上げる晶と章灯と、訳知り顔でひらひらと手を振る湖上。長田は誰の視線も受け止めたくないと言わんばかりにそっぽを向いている。


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