♪17 話し合い

「本当に申し訳ありませんでした」


 カナリヤレコード3階にある小会議室で、章灯しょうとは深々と頭を下げた。


「とんでもないことでございます。こちらも本当に申し訳ございませんでした」


 その向かいに立つ兼定もまた、彼に負けじと深く頭を下げた。


「まぁまぁ、お二人さん」

「そうそう、とりあえず座りましょうって」


 重苦しい空気を少しでも和らげるべく、召喚されたのは湖上こがみ長田おさだである。本来ここにいるべき京一郎はというと、どうしても外せない会議のために欠席であった。


 章灯は湖上に、兼定は長田にそれぞれ背中を押され、中央にある会議用の丸テーブルに向かい合う。章灯の方は押す、というよりも『叩く』の方が正しかったのは、彼があきらの『親父』だからだろう。事情を聞いたとはいえ、娘の恋人がこんな内容で週刊誌にすっぱ抜かれるというのは決して気分の良いものではない。


 通夜のような雰囲気を醸し出しまくりの二人に、湖上は努めて明るいテンションで切り出す。


「まぁ、ウチの社長はちょうど良い宣伝になるって言ってたんで、気にしないでくださいよ!」

「ば……っか野郎! そういう問題じゃねぇだろ! 彼女のイメージに傷がついたらどうすんだ!」


 おちゃらけた湖上に向かって長田が声を荒らげる。


「アイドルってぇのは清純さが売りなんだぞ!」

「オッさん……、もしかしてアイドル好き……?」


 彼の剣幕に、湖上はごくりと息を呑んだ。そして、彼のそんな指摘はどうやら図星だったらしく、長田の顔は見る見るうちに赤く染まっていく。


「長田さん、そう言っていただけるのは大変ありがたいのですが、その点に関しては、大丈夫です。日向はもともとそういうキャラでもありませんでしたし。こちらとしてはむしろ、SHOWさんの方が心配です」

「んぁ? 章灯? いーの、良いの、こいつは。ホラ、いままで浮いた話もなかっただろ? そのせいでゲイ疑惑まで上がってんだからな。……相手は誰とは言わねぇけど」


 そう濁すだけでも、その相手が相棒である『AKI』を連想させることは容易い。しかし、湖上は絶対にこの手の話題で晶の名を出すことはしない。何故って、晶は女だからだ。相手が勝手に想像する分は好きにすればいい。しかし、例えその場限りの出まかせでも彼女を『男』と表現することだけは絶対にしない。


「しかし……」

「こいつもちゃんと女が好きってことが世間様に知れ渡って良かったじゃねぇか。な?」


 ガハハと笑ってバシバシと章灯の肩を叩く。痛い、と顔をしかめて湖上を見ると、彼は口角をめいっぱい上げてニヤリと笑った。


 確かにそうかもしれない。それはわかってる。


 カメラには悪いが、晶との交際を隠し続けてきた結果立ってしまった不本意すぎる疑惑を払拭するには確かに良い機会なのだ。ただ、それだと晶の方の疑惑は残ったままなのだが。

 湖上はニヤニヤと笑っているものの、その瞳の奥では『そういうことにしとけ』と彼に強く釘を刺していることがわかる。


 わかってる、わかってるよ、コガさん。俺だってわかってるけどさぁ……。


「……まぁ、もちろん、今後、マスコミに囲まれることは出て来るでしょうから、その際には、単にアキがプロデュースする関係で接触が増えただけだと念を押させてもらうことになりますけど」


 よろしいですよね、と長田が確認すると、兼定はもちろんです、と答えた。


「それから、このような時に恐縮なのですが――」


 兼定はそこまで言うと、一度視線を落とした。一瞬の間の後、再び口を開く。


「マネージメントの件は、辞退させていただきたく――」


 そう続けると、全てを言い終わらないうちにまたも深く頭を下げた。


 マネージメントの件――。


 社長の渡辺からの提案である。


 もし、ウチからデビューすることになったら、君もこちらに越してこないか。彼女の方でも気心知れた者がそばにいた方が良いだろう。君さえ良ければ、だが。あぁもちろん、無理強いはしない。その場合のマネージャーはきちんと用意してある、と。


「それは、何ていうか、責任を取る、ということですか?」


 章灯が恐る恐る問い掛ける。だとしたら、自分にも責任のある話だ。


「違いますよ。たまたま時期が重なったというだけで、そろそろ実家の家業を継ごうと思っていたのです」


 さらりとそう言ってのけ、再び深く頭を下げると、兼定は立ち上がった。


「申し訳ございません、次の仕事がありますので、これで失礼させていただきます」

「え? あぁ――、はい」


 今後の対応は決まった。ならばここに長居しても仕方がない。それはそうなのだが、あまりにもあっさりとした引き際に虚を衝かれる。

 兼定は最後にもう一度頭を下げ、部屋から出て行った。


 嘘はついていない。

 渡辺社長は、新しいマネージャーを用意してくださると言っていた。

 

 そう自分に言い聞かせていることに気が付き、兼定は長い廊下の真ん中で舌打ちをした。



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