♪10 若い2人に
「お疲れさま」
「はい……」
たまたま近くを走っていたということで、ものの数分で到着したタクシーに乗り込んだカメラを
「じゃ、運転手さん、お願いしま……」
そう言いかけたところで、背中をとんとんと叩かれる。振り向いてみると、小さな紙袋を持った晶である。
「カレー。作りすぎたから」
そう言って、カメラの膝の上にそれを乗せ、くるりと踵を返し、さっさと家の中に入ってしまった。
「相変わらず不愛想な……。何か、ごめんね、カメラちゃん。家に帰ってゆっくり食べ……」
取り繕うように愛想笑いを浮かべてカメラを見ると、彼女は頬を上気させ、瞳を潤ませていた。
「晶様……」
だから、アキ、お前のそういうところがな。
章灯は隣に立つ湖上が小さくため息をついているのを見逃さなかった。
俺も同じ気持ちですよ、お義父さん……!
「しかし、強烈な子だったなぁ、章灯」
カメラを乗せたタクシーが見えなくなると、湖上はその場にしゃがみ込み、頭を掻いた。
「ただのファンならまだ可愛いもんだが、アレだろ? アキがプロデュースするとかって」
「そうです。なまじつながりが出来ちゃったもんだから質が悪いんですよ」
「だいたいあのアキにプロデュース業が務まると思ってんのかよ、あの阿呆親父」
親父。
湖上から出て来たその言葉に章灯はどきりとした。何せ
「ま、まぁ――、アキの可能性を広げるため、とかなんじゃないですか? それに、passionと奪い合うって考えたら、アキが適任だった……とか……」
正直、章灯としてはpassionに行ってもらって全然構わない――いや、むしろそうなってほしいくらいなのだが、お偉いさん的には新人を発掘して一から育て上げるよりも、そこそこの土台が出来上がっているカメラの方が手っ取り早く売り上げが見込めるのだろう。
「まぁ、あの子なら別にウチのトコに来なくたって俺は惜しくはねぇがよ、passionに負けるって考えると癪なんだよなぁ」
それは章灯も同意見である。アニメソング業界ではカナレコとpassionが2強となっているのだが、ややpassionに押され気味というのが実情である。ORANGE RODも、結局、3期まで続いた『歌う! 応援団!』のオープニングは死守したものの、それ以外は一部の熱狂的なファンで成り立つような深夜アニメを担当することが多い。今回やっとゴールデン枠のオープニングを勝ち取ることが出来、章灯としては、カメラのプロデュースよりもこっちに力を注いで欲しいと思っていたところである。
何だがぐったりとしている湖上を立たせ、家の中に誘導すると、リビングへと続くドアから晶がひょっこりと顔を出して来た。
「帰りましたか?」
その表情を見れば、彼女がまだカメラに警戒しているのがよくわかる。タクシーに乗り込んだものの、もしかしたら、ということもあるかもしれないと思ったのだろう。いつもは割と無防備な晶にしては随分と用心深い。それ程彼女のキャラは強烈だったのだ。
「安心しな、帰ったよ」
章灯が苦笑しながらそう言うと、晶はやっと安心したのか笑顔を見せる。
湖上と共にリビングに入ると、その用心深さの理由が判明した。
晶は胸のさらしを外してしまっていた。成る程、この状態であればあの警戒も納得である。
「そんじゃ、まぁ、俺も帰るわ。後は若い2人でごゆっくり」
いきなり女性らしくなった晶を見た湖上が、茶化すように言う。
「若い2人って……」
「お? 若くねぇとは言わせねぇぞ。お前だってまだ三十路なんだからな」
「そうですけど……」
「アキに至ってはまだピッチピチの20代だしよぉ。あーぁ、若いって良いよなぁ」
「コガさんだってまだ40じゃないですか」
「俺は41だ」
「……まだ40です。誕生日、まだ来てないんですから」
章灯と湖上のじゃれ合いに晶が割り込む。
「さすが、アキ。俺の誕生日覚えててくれてんのか」
「当たり前じゃないですか」
「アキ~~~~~~~~~~」
どさくさに紛れて抱き付く湖上に、ややうんざりしたような表情を作る。もしかしたらこれが晶の精一杯の『反抗期』ってやつなのかもしれない。
アキは反抗期なんてなかった! と豪語していた湖上の姿を思い出し、章灯は苦笑した。
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