2/14 Valentine's Day 後編

「……『実佳』より」


『わたし、実佳。あなたは?』

『わたしはね、実りの「実」に佳作の「佳」』


 偶然だろうか。いや、


『あのね、顔はね、まぁ正直特別恰好良いってわけじゃないの。……わたしは恰好良いって思うけど。でも、すっごく優しいし、足も速くて――』


「……章灯しょうとさんって、足速いですよね」

「ん? 何だ急に。まぁ、そこそこな。あー、でもいまはどうだろうな」


『それでね、青がよく似合うから、青い箱に入ったチョコにしたんだ』


「……青、良く似合いますよね」

「えっ? あ、あぁ、ありがと……?」


『それにね、青は彼が好きなサッカーのクラブチームの色なんだって。わたし、サッカーのことはよくわかんないんだけど』


「……章灯さん、青のサッカーのクラブチームって好きですか?」

「青の? あぁ、ユニフォームか。いや、ユニフォームで選んだわけじゃねぇけどな。イタリアの――」


『あと、あまり甘すぎるのは得意じゃないって聞いたから、ちょっと苦いやつにしたの』


「……章灯さん、あまり甘すぎるのは好きじゃないですよね」

「あれ? サッカーの話終わり?」


 脈絡もなく次々と繰り出される質問に、章灯はクエスチョン・マークを浮かべている。


「どうしたんだよ、急に」


 そういえば実佳は急に人気が出たのだと言っていた。こないだの大会で活躍したから、と。大会、大会、大会……。


「章灯さん、何か最近大会に出ました?」

「大会?」


 さすがに長い付き合いである。謎極まる質問の数々を掘り下げようともしない。彼女が話す気にならないことには、掘り下げるだけ無駄だと理解しているのだ。


「大会、大会、大会……。最近は出てねぇなぁ……。ていうか、大会って陸上ので良いのか? だとすればかなり昔の話になるけど」

「あぁ……そうですよね。じゃあやっぱり違うんですかね……。ただの偶然……でしょうか」

「とりあえず俺は何が何だかわからねぇんだけど」

「いえ、ごく最近、何か大会で活躍していれば、と思ったんですが……」

「いよいよ訳がわからねぇな。ごく最近かぁ……。――あぁ!」

「あるんですか?」

「えっ、いや、その……。そんなに活躍……はして……ないかと……」

「でも、大会はあったんですね? でも一体どこで見たんだろう……。ていうか、一体何の大会なんですか?」


 あきらは顎に拳を当ててしばし考え込んでから、顔を上げた。形の良い眉毛が八の字に下がり、美しい曲線を描く潤んだ瞳が章灯を容赦なく刺す。


「いや、その……、実は……、BSで……」

「BSで?」

「局アナ対抗ボウリング大会を……」

「何ですか、それ」

「い、いや! それがメインじゃないぞ、もちろん! バラエティー番組のワンコーナーでな、ほぼダイジェストみてぇなもんだったし……!」

「でも、活躍なさった……と」

「ど……うかな」

「スコアは?」

「確か……200ちょっと……だったと思う」

「随分と御活躍なさったようで。見たかったです。どうして教えてくれなかったんですか」


 拗ねたように口を尖らせるその表情が何だか色っぽくてどきりとする。


「ごめん。すっかり忘れてて……。ていうか、ちょっと恥ずかしいってのもあったし」

「……でもこれで確信が持てました。やっぱり、知り合いです」

「は?」

「もしかしたら、その青いチョコレートの女の子、知り合いかもしれません」

「アキの? 親戚とかか?」


 ついそう言ってしまってから、彼女には親戚という親戚など存在しないということを思い出し、章灯は「ごめん」と呟いた。


「良いんです。親戚ではなくて、その、昨日ちょっと立ち話を」

「立ち話? 小学生と?」

「えぇ……まぁ……」

「珍しいこともあるもんだな。アキが立ち話するってのも、その相手が小学生ってことも。向こうはお前が俺の相棒だって知らなかったのか?」

「たぶん。私のことも知らないようでしたし」

「ほぉ。せっかくだからゆっくり聞かせてくれよ」

「え?」

「まぁ、言い難い内容なら無理にとは言わねぇけど」

「そんな秘密の話ではありません」

「じゃ、これをつまみに一杯やろうぜ。祝賀会だ」

「祝賀会? 何のですか?」


 そこで章灯は片目を瞑ってニヤリと笑った。


「アキが女の戦場に足を踏み入れた記念&初女子会記念!」


 わざとらしくイーッと歯を見せ、その記念品たる2つのチョコを顔の横で軽く振って見せた。


「女子会って……。そういうものなんですか?」

「知ーらねぇ。俺、男だし」

「知らないんじゃないですか、章灯さん」

「女が集まって会話すりゃ女子会なんじゃねぇの? 良いじゃん、そういうことにして飲もうぜ」


 嬉々として水色のリボンに手をかけた章灯に苦笑しながら、晶は立ち上がった。


「仕方ないですね。それと――」

「ん?」

「コガさんとオッさんに聞いときます。例のBS番組、録画してないか。恐らくどちらかは録っているはずです」

「げぇっ、マジかよ」

「マジです。あの2人は章灯さんの出てる番組、案外チェックしてるんですよ」

「何だよ、『WAKE!』の頃は見なかった癖に」

「あれは朝早いですから」

「そうなんだよなぁ。……でも、アキは見てくれてたよな?」

「それは……まぁ……一応……」


 小声でそう返し、そそくさとキッチンへと向かう。恐らく耳まで赤くなっているだろう晶をからかう――もとい、抱きしめるべく、章灯もその後を追った。



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