♪99 WEAKPOINT

「アキ、お疲れ」


 控室に戻り、章灯しょうとはソファに身を沈める。あきらは肩にかけていたギターをケースにしまった。


「章灯さんもお疲れさまでした」

「いやー、アキ、良かったぞ」


 湖上こがみは上機嫌である。

 それに対して晶はというと、彼の発言の意味がわからないようで首を傾げている。


「果樹園の質問だよ。――ですよね? あれを引き当てた時はどうしようかと思ったけど……」


 章灯が助け舟を出すと、湖上も大きく頷いた。


「ヤバいやつは弾いてたみたいだけど、それでも100枚は入ってたろ。良くもまぁ引き当てたなぁ……」


 湖上はソファにどっかと座り腕を組んでうんうんと頷いた。


「は?」

「ですから、アレは引いたんです。見えたんで」

「見えたって……。お前目ェ良いな!」

「ちらっとでしたけど。『和歌山』って書いてあるのが見えて。実家が和歌山って特に公表してないはずなのに、何だろうって……」


 晶はしれっと答えた。


「何だろうで引いちゃったのかよ。もっとおかしな質問だったらどうすんだ!」

「その時はお2人が何とかしてくれるかと」


 晶は2人の顔を交互に見つめて笑った。


「そりゃ……、どうにかするけどさぁ……」


 不意に見せた笑みに胸を高鳴らせる。


 こんな完全に『男』の恰好でもお構いなしなんだもんなぁ……。


「まぁ、結果オーライだろ。あれであきらめてくれりゃ良いけどな」

「ですね……」

「コガさん、やっぱりあの時立ち上がった方が叔父さんの奥さんなんですか?」

「ん? そうだけど」

「いえ……、何か怖かったなぁって思って……」


 確かに、アレはちょっと怖かった。ベタなドラマで見るような場末のスナックのママというか。


「まさか俺もあんなんになってるとは思わなかったな……。何しろ最後に見たのは20年くらい前だしよぉ。さすがにもうちょっと可愛い顔してたぜ? ……いやいや、アレに比べれば、だぞ?」


 可愛い顔と言ったと同時に目を見開いて見つめてきた2人に対して、湖上は慌てて付け加えた。


「そんな話はもうどうだって良いんだよ。それよりほら、アレだ。章灯、お前ホラー苦手なのかよ」


 湖上は明らかに小馬鹿にしたような表情で章灯を見つめると、イヒヒと笑った。いきなり嫌な話題をぶり返されて、どきりとする。


「べ……っ、別に。そこまで苦手ってほどでも……」


 真っ赤な顔で否定し、ちらりと晶を見る。章灯の視線に気付いた晶は一瞬すまなそうな顔をしたものの、すぐに顔を背けて肩を震わせた。


「いやいや、良いじゃねぇか。アキはそんな章灯が好きってことだろ?」


 晶はその言葉で一度湖上の方を見てからまた顔を背け「別に。適当に書いただけです」と言った。


 湖上と章灯は顔を見合わせた。これ以上の追及は野暮ってもんだろう。髪の隙間からちらりと見える真っ赤な耳が『YES』を物語っていた。




「あー、俺も行きたかったなぁ~」


 自宅に戻り、長田おさだが合流すると話題は自然と今日の収録になる。ちなみに、長田が参加しなかったのは、彼だけ除け者、というわけではなく、たまたま別の仕事が入っていたからだ。


「んで? 章灯は何系のホラーがダメなんだ?」


 そう言って、ニヤニヤと笑いながらコーラを呷る。


「べ……つに、大丈夫ですよ……。俺、もう大人ですし……」


 精一杯の虚勢を張って、赤い顔を誤魔化すためにビールを、ぐい、と飲んだ。


「ほぉ。そうかい。そんじゃ……」


 そう言いながら長田は鞄をごそごそと漁り始める。


「――どれにする?」


 扇を広げるように章灯の眼前に差し出したのは多種多様のホラーDVDである。


「ちょっ……、何すか……コレ……」


 おどろおどろしいパッケージから少しでも離れようと、章灯は身体を反らせた。その様子を見れば、先程の「大丈夫」など単なる虚勢であることは一目瞭然である。


「ん? 何かコガがさ、いろんな種類のホラー持って来いっていうからさ。とりあえずウチにあるやつ全部持って来た。まさかこういうことだとはな」

「家から持って来たんですか?」


 晶は驚いた顔でパッケージをまじまじと見つめる。


「おう。さき勇人はやとも好きなんだよ。俺も嫌いじゃねぇしさ」

「おぉい、章灯、勇人でさえ見てんだぞ?」


 湖上はニヤニヤと笑いながら日本酒を舐めるように飲んだ。


「章灯さん、コレはきっと大丈夫ですよ。全然怖くありませんでした」


 見たことがあるのだろう、晶は嬉々とした表情で1枚のDVDを手渡してきた。


 何だよ、良い笑顔しやがって。

 ていうか、ホラーのDVDでこんなに嬉しそうって何なんだ……。


 しぶしぶ『ネジレとユガミ』というタイトルのそれを受け取ってみる。表面は恐怖に顔を引きつらせた女性のアップだが、タイトル通りにところどころ捻じれていたりゆがんでいる。裏面のあらすじに目を通すと、やはり章灯の苦手としている心霊・祟りの類であった。


「うん……、アキ……ちょっとこれは……」


 そう言いながらDVDをテーブルの上に置き、さらに彼女を手招く。テーブルの上からDVDを取り上げた晶は不思議そうな表情で顔を近付けてきた。そこをすかさず耳打ちをする。


「本当に良いのか? ホラーを見るってことは、あの2人の前でお前に抱き付くってことになるんだけど」


 そう言うと、晶はゆでダコのように顔を赤く染めた。


「――ん? おい、章灯、アキに何言ったんだ? アキ、どうした」

「な……っ、何でもないです。オッさん、コレはまた今度にしましょう!」


 そう言って長田の手からDVDを回収し、鞄の上に置いた。


「章灯……、アキを使うとは卑怯だぞ……」


 湖上は目を細めて笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る