♪98 土手っ腹に牽制球

「おお、AKI結構書いてるなぁ……。――そうだ、そう言えばね、皆さん。AKIの字って見たことあります? 無いですよね? ちょっとさっきのページ……」


 章灯しょうとはそう言いながら前のページをめくり、ステージのギリギリに立ってそれを高々と掲げた。


「ちょっと見づらいと思うんですけど、ほら、めっちゃくちゃ上手いんですよ。僕、お手本かなって思いましたから。どうです? AKIの素敵ポイントがまた上がったんじゃありませんか? これ、一応番組HPにも載せますんで、見れなかった人後でじっくり見てくださいね」


 また元のページに戻しながら着席し、軽く咳払いする。ちらりと先ほどの『ユミ』を見た。


 おそらく彼女夕実はワクワクしながら待っていることだろう。自分の果樹園の名が呼ばれることを。


 さぞかし良い宣伝になるだろうなぁ。

 たくさんある中から引き当ててしまったのは残念としか言いようがないが、良くもまぁこんな低い可能性に賭けたものだ。


「はい、ではAKIの回答です」


 湖上こがみは神妙な面持ちで腕を組んでいる。


「えーと、『和歌山の果樹園は母親の実家というだけで、自分は産まれも育ちも東京です。一度も行ったこともありませんし、経営者である叔父にお会いしたこともなければ話したこともないので、どこにあるかもわかりません。何ていう名前なのかもわかりません。年に2回、叔父が果物を送ってくださいますが、それも直接受け取っているわけではないので、その果樹園が柑橘類を作っているということしかわかりません』とのことです。――ん? 裏もあるのか? 随分書いたなぁ……」


 読み終えたと思ったら、あきらが手を伸ばしてページをめくろうとしてくる。それを受けて、ぱらりとめくってみると、まだ続きがあるようだ。


 これは……。

 

 章灯は晶と視線を交わしてニヤリと笑った。それに応えて笑みを返してくれる、なんてことはなかったが、軽く頷いてはくれる。それで十分だ。


「えー、続きがありました。『どうやらその叔父の奥さんが自分を商業利用しようとしているらしく、迷惑千万です』ということ、です」


 読み終えて湖上を見ると、口の端をニィっと上げて笑った。でかした、その目はそう語っている。


「まぁ、確かに勝手に商業利用されると困りますよね。僕ら既にカナレコさんの商品ですから。いやぁまさか身内にそんな方がいるとは……」

「いやいや、身内っつってもアレだろ? 叔父さんの嫁だろ? そいつとは血の繋がりなんてないわけだしなぁ。何かあったら容赦なく訴えれば良いんじゃねぇか?」

「いやコガさん、訴えるなんて物騒な。まぁちょっと厳重注意と言いますか、それくらいじゃないですかね。いずれにしてもですよ、ねぇ皆さん、皆のAKIを独り占めして商売に使うなんて許せないですよね? はい、許せんって人、拍手~」


 両手を高く挙げて客を煽ると割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 どうだ、ざまぁみろ。ウチのアキを舐めんじゃねぇ。


「はい、ありがとうございます。ま、さすが生まれも育ちも東京なだけあって、AKIが方言でしゃべってるとこなんて一度も聞いたことないですしね」

「SHOWは酔うとちょいちょい方言出るけどな。俺、初めて聞いた時マジで何語? って思ったもん」


 湖上が笑いをかみ殺しながらそう言うと、どこかから聞きたい~という声が聞こえる。


いんやいやそっだにいぎなり訛れねってそんなにいきなり訛れませんって


 わざときつめの訛りを出すと客席から拍手が上がる。


「いまのは何となくわかった」


 湖上は肩を震わせている。よく見ると晶も俯いて肩を震わせていた。


「……結構恥ずかしいんですからね」


 章灯は赤い顔を隠すように右手で瞼を押さえた。


「さ、2曲目行きましょ。次は……、『Tender Tune』『SNOWLAND』。……時期的にSNOWはないか。じゃ、『Tender Tune』、聞いて下さい

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