♪97 爆弾投下
「えーっと、読みますね。『自分が作った料理を美味しそうにたくさん食べてくれる人』と『整理整頓が出来る人』と『ホラー映画が苦手な人』……。って……」
これ、まんま俺じゃねぇか……。
何だよ、ホラー映画が苦手な人って……。畜生。
案の定、
「えー、どうですか、皆さん。AKIは自分の手料理をもりもり食べてくれて、綺麗好きで、且つ、ホラーなんてキャー怖ーいってな可愛い子が好みみたいですよぉ~?」
客席に向けて湖上が叫ぶと、会場は大いに沸いた。さんざん客を煽った後で神妙な顔になり、「――って、これお前じゃね?」と言うと、またも客席から嬌声が届く。おそらく『ソッチ』方面のウケだろう。
「ちょっと待ってくださいよ……。別に、俺、ホラーなんて全ッ然平気ですし!」
それについては確か湖上にはまだバレていなかったはずだと虚勢を張ってみる。しかし、晶は俯いて肩を震わせているのだ。これでバレてしまっただろう。
「そぉかぁ~? 『俺』って言うほど動揺してんじゃねぇか」
湖上は疑いの目を向けつつもおとなしく引き下がった。これは後で問い詰められるな、とうんざりする。
「ま、良いってことにしましょ。俺としてはお前らが『そういう関係』だと面白れぇのにって思ってるけど」
「もう! 遊ばないでくださいよ! さ、次々! AKI、もう1枚引いて」
そう言って箱を差し出すと、晶は身を乗り出して無言で手を伸ばす。中に手を入れたと思うとあっという間に引き抜いて手渡してくる。
「お前は……、少しは選ぶ素振りくらいしろよ」
苦笑しながら受け取り、文面を読もうとして一瞬顔をしかめ湖上を見る。湖上もその様子を見て「どうした?」と言わんばかりの表情だ。しかし、客の前で箱の中に戻すわけにもいかない。章灯は観念して読み始めた。
「じゃ、読みますね。初めまして、今晩は。はい、今晩は。えー、AKIさんはご実家が和歌山の果樹園だとお聞きしましたが、本当ですか? 本当だったら、ぜひ行ってみたいので、名前を教えてください。だそうです」
湖上は読んでいる途中から険しい顔になっていた。しかし、客がいることに気付くと無理やり笑顔を作って見せる。
「さーて、AKI単独の質問ですね。これは、誰のファンかなんて聞くまでもないですね。どうやら会場にいらっしゃる方のようですし、一応聞いてみますか? 『ユミ』さん、いらっしゃいますかぁ~?」
そう言って手を挙げながら立ち上がる。さっき湖上は『夕実』が来ていると言った。それに加えて公表していないこんな情報を出してくるなんて、その女しか考えられないが、かと言って対応に差をつけるわけにはいかない。
すると、元気よく「はい! はい!」と言いながら真っ赤なツーピースを身に纏った小太りの中年女性が手を挙げながら立ち上がった。
「ああ、『ユミ』さんですね。ありがとうございます。えーっと、念のため確認ですけど、AKIのファンということでよろしいですか?」
精一杯の営業スマイルで問いかける。
この野郎、コイツか。
夕実は満面の笑みで首を大きく縦に振った。何か言いたそうに口をパクパクさせている。
「はい、どうもありがとうございました。あ、もうお座りいただいてよろしいですよ。さて、AKIどうする……って、もう書いてんのかよ!」
振り向きながら晶に声をかけると、組んだ足の上にスケッチブックを置き、姿勢よく何かを書き込んでいる。
おいおい、別に書かなくても。いくらでも誤魔化すのに。
しかし、晶が書いてしまっている以上、止めさせるわけにもいかない。
「さて、コガさん、どうしましょうか。何話しましょう。そうだ、実家繋がりで僕らも実家トークしましょう!」
「実家トークって言われてもなぁ……。あー最近俺帰ってねぇなぁ」
「コガさん新潟ですよね。やっぱり家ではずっとコシヒカリですか?」
「ん? おお、当ったり前よ! 俺、米だけはいまだに実家から送ってもらってるからな」
「マジすか! ご実家でお米作ってるんですか?」
「まぁ、俺ん家っつーか、親戚が作ってんだよ。んで、安く買ってるみたいな。っつーか、お前だってあきたこまち食ってんだろ? 秋田県民!」
「い……っ、良いじゃないすか! あきたこまち! 言っときますけど、米に関しては誰が何と言おうとあきたこまちがいちばんって思ってますから!」
「何ぃ? 新潟を敵に回したなぁ?」
「それに、いつもコガさんが食ってるウチの飯はあきたこまちですからね!」
「それを言われるとなぁ……。美味いんだよなぁ。でもあれはAKIの料理も加味されてっからな!」
いつものじゃれ合いのテンションで口論をする。観覧客も2人が笑っているのを見て、単なる『じゃれ合い』だとわかったようだ。
「……まぁでも、最近は九州や北海道のお米も侮れないみたいですよ?」
「そうそう! 俺こないだ別バンドのツアーで博多行ったんだけど、そこで食った飯がすげぇうまいの! 俺、九州舐めてた! って思ってさぁ。何つったかなぁ……。夢……ナントカ……だったっけか」
「ああ、それは『夢つくし』ですね」
「お、SHOW知ってんじゃん!」
「ふふん。僕、一応アナウンサーなんで」
得意げに胸を張ったところで目の前にスケッチブックが置かれた。
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