♪95 公録、スタート

「ORANGE RODの~っ、It's SHOW time 公開収録!」


 目の前のマイクに向かって声を張り上げる。みっちりと埋まっている300人の観覧客を端から端まで眺めながら。

 そのほとんどが女性客だが、ちらほらと男性の姿もあった。ORANGE RODのファンは女性のほぼすべてと男性の一部がAKIに、そして、残りの男性がSHOW、といった風に配分されているため、男性客がいるということは、その中の数人はきっと自分のファンだったりするだろう、と章灯はそんなことを考える。


「今晩は! ORANGE ROD、ヴォーカルのSHOWこと山海やまみ章灯しょうとです。というわけで、始まりました、It's SHOW time 公開収録なんですけれども、本日は皆さんおなじみのサポートメンバー『コガさん』こと湖上こがみ勇助さんも参加してくださってます」


 章灯がそう言うと、湖上は「どうも~、ベースの湖上でぇ~す」と言いながら観覧客に向けて笑顔で手を振った。客席から黄色い声援が上がる。


「そして、今日は、告知通り来てますよ、ラジオの皆さんには姿は見えませんけど、AKIです!」


 返事の代わりに鳴らしたギターに、湖上の時とは比べ物にならないほどの声援が上がった。


「いやー、AKIが来るっつって正解だったなぁ。俺とお前だけじゃ定員埋まらなかったんじゃね?」


 湖上がいたずらっぽく笑うと、客席から笑いが起こり、章灯も苦笑した。


「でしょうね。ただ、これ、ラジオですんでね。やっぱりここに来られなかった人達や、いまラジオをお聞きの方々にも楽しんでもらおうということでですね。本日は、ミニライブと称しまして、いつも流している我々の曲をアコースティックで何曲か披露したいと、えー、予定しております。あとは、まぁ、AKIはしゃべりこそしないんですけども、会場にいらっしゃる皆さんからの質問に、筆談で! お答えしようかな、と考えております!」


 笑顔でそう言うと、客席からは割れんばかりの拍手が起こる。


「――で? そのAKIが書いたのは誰が読むんだ?」

「そりゃー、僕でしょうね。だって、僕の本職はアナウンサーですから。お堅いニュース原稿風にでも、報道風にでも、それからもちろんハートウォーミングなドキュメンタリー風にでも読みますよ!」


 得意げに胸を張って言う。何せこれに関しては、湖上に負けないという絶大なる自信がある。


「ほぉん」


 湖上はあまり興味なさそうに頬杖をついた。


「さて、早速ミニライブその1ということで、1曲目行きましょうか。何が良いかな……。いや、一応ね、考えてはきてるんですよ? アコギ1本でも出来るやつ。そんでコガさんもコーラスで入れるようなやつ。まぁ、せっかくだから挙手してお客さんに選んでもらいましょうか。えーとですね『Tender Tune』『水色の境界線』『SNOWLAND』、とりあえずこの3曲から」




「――はい、お聞きいただきましたのは『水色の境界線』でした。もともとゆっくりめの曲ですけど、またアコギ1本でしっとり歌うのも良いもんですね」


 ちらりと晶を見るが、小さく頷くだけで特に反応はない。


「しかし……、皆さん、AKI、すがすがしいほどいつも通りですけど、見てて楽しいですか? 大丈夫ですか? ラジオお聞きの皆さん、いまAKIは僕の問いかけに対して軽ーく頷いてます。んで、ギターのチューニングしてます。ほら、ちょっと音聞こえるでしょう?」


 観客を見ると、それでも満足なのか、皆一様に晶の一挙一動を見逃すまいと凝視している。


「では、ぼちぼちAKIにもギター以外の仕事をしてもらおう、ということで、このコーナー! 『教えて!ORANGE ROD』!」


 客のほとんどが晶を見ているとなると、自分のレギュラー番組のはずなのに何だかアウェー感が半端ない。それでも精一杯声を張り上げる。湖上はそれを見てニヤニヤと笑っている。彼は、番組開始からいまのいままでずっとその表情を保っている状態である。


「何? 何教えてくれんの? どこまで聞いて良いわけ?」


 湖上は机に肘をつき身を乗り出してくる。楽しそうに身体を左右にウキウキと揺らして。


「ねぇ? 皆さんもきわどいどころまで聞きたいよねぇ?」


 首だけを客席へ向けて煽ると、もうほとんど絶叫と大差のない嬌声が響く。


「きわどいって、一体何を聞く気ですか。だいたい、コガさんは俺らのことなんて何でも知ってるでしょうに! えー、このコーナーはですね、会場にいらっしゃる皆さんと、メール、FAXで寄せられた我々に対する質問が、この、箱の中に――」


 そう言って、足元から『質問BOX』と書かれた箱を取り出し、軽く振る。


「たくさん入ってますんで、それを……、じゃ、AKIに引いてもらおうか、せっかくだしお前も何か仕事しろ。――で、それに答える、という至ってシンプルなコーナーですね。んで、AKIはこのスケッチブックに答えを書いてもらう、と」


 A4サイズのスケッチブックとマーカーを手渡すと、晶はややうんざりした顔でそれを受け取った。まぁ、晶にしては素直な方だ。


「ただ、AKIの書くスピードによっては、ここ無音になっちゃいますから」

「そんなん完全に放送事故だろ」

「そこで、コガさんですよ」

「――は? 俺? 何?」

「いや、その間、僕とコガさんで爆笑トークで場を持たせてくださいって、スタッフさんから」

「何で『爆笑』確定なんだよ! そんな鉄板ネタはねぇよ!」

「良いじゃないですか。コガさんの話ってだいたい面白いですって!」

「だいたいって! おい!」


 湖上が笑いながら拳を振り上げ立ち上がる。章灯はそれを大げさにかわしながら「AKI、早く1枚目引け!」と叫んだ。

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