♭17 気付く

「なぁ、アキはなんであの2人にはあんなに素っ気ないんだ? 身内だからか? まぁ……千尋君は違うけど」


 食べ終わった食器を下げるためにキッチンに向かうと、章灯しょうとさんもそれに続いた。食器を水の張られた洗い桶の中に入れながら、そう尋ねてくる。


 あの2人は苦手だ。


 話すつもりはなかったのに、どうしてか、つるりとそんな言葉が飛び出した。


「アキは、女になりたいのか? それとも男になりたいのか?」

 

 こんなこと、たぶんコガさんにも聞かれたことはない。


 自分は、どうしたいんだろう。

 もし、どっちにでもなれる、と選べるとしたら。


 それなら、本当は女でいたい。自分の性別は女なのだから、それが自然だ。


 それが出来るなら、そうしている。

 それが出来ないから、こうしている。


「出来てんだろ、ちゃんと。アキはしっかり女じゃねぇか」


 章灯さんはそう言って、抱き付いてきた。


 何だろう。

 コガさんとは違う感じだ。

 コガさんとは力の入れ方が違う気がする。

 息苦しいのに、これを心地よく感じてしまうのはなぜだろう。


 章灯さんは、かおると自分は似ているけど『同じ顔』じゃないと言った。


「俺はアキの顔の方が好きだ」


 この人には驚かされっぱなしだ。

 郁と自分だったら、どう見ても郁の方が良いに決まっているのに。


「安心しろって、お前が『女』でも、俺は何もしないから」


 何もしないって言うのは、何だろう。

 自分が女だったら何かをされるはずだったのだろうか。


「いや……コレは……アレだ……。欧米の人がやるやつだから……その……」


 そう言って少し章灯さんの手が緩んだ。でも自分はもう少しこのままでいてほしいと思った。

 苦しくないか、と聞かれたが、そんなことはなかった。

 服越しに体温が伝わってきて、ああ、人の身体って温かいんだなぁと思った。当たり前のことなのに、コガさんにはしょっちゅう抱き付かれるのに、そんなことを考えたこともなかったのだ。


 もし、この家の中だけででも、『女』になれたらどうだろう。


「……女っぽくなったら……、章灯さんは、どうですか」


 そう思い切って聞いてみる。


「嬉しいけど……、ちょっと……困るというか……」


 ああ、やっぱり迷惑なんだな。


「違う! 困るっつっても、そういう意味じゃなくて!」


 章灯さんはそう言うと、自分の身体から一度離れ、両肩をつかんで顔を覗き込んできた。何だかとても必死な表情である。


「俺がいろいろと我慢出来るかって話で……。その……」


 ああ、そうか。

 やっぱり男女の共同生活だと、我慢しなきゃならない部分も出てくるのだろう。

 これまで男として接してきたのだし、我慢なんかしなきゃ良いのに。


「我慢しないと……、お前が困ることになるんだぞ」


 自分が我慢する分には構わない。

 何せ、いままでずっと我慢して生きてきたんだから。


「構えよ!」


 章灯さんは俯いた状態で叫ぶように声を上げた。その声に肩が震える。

 顔を上げた章灯さんの表情でまた胸がちくりと痛んだ。


「……俺が我慢してるっつーのはなぁ、お前が好きなヤツとしかしちゃいけねぇことなんだよ」


 ……好きな男。

 その言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 それは……、章灯さんなんじゃないだろうか。

 自分は、章灯さんのことが好きなんじゃないだろうか。

 

 だったら、なおさら。


 そう口が動いた。

 言ってしまってから、恥ずかしくなって目を伏せた。

 

 数秒後、章灯さんの顔が眼前に迫ってきて、唇が重なった。

 これは、知ってる。テレビとかで見たことがある。


 自分には無縁なものだと思っていたが。

 それが、いま、ここにある。


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