♭15 ミッション・コンプリート
バレンタイン当日である。
結局、なぜか
チョコレートを持った女の子達は「似てるけど違う」「いや、全然別人」だと騒ぎ始め、昼食もそこそこに店内に戻ることになったのだ。
どうしてわかるんだろう。
2人を並べて見比べたのならまだしも、我ながら結構似てると思ったんだけど。
4時ごろ、
しばらくすると、女の子達をかき分けて章灯さんがカウンターまでやって来た。
ほら、女の子達、ここに『爽やかな好青年』がいるぞ。こんな男女じゃなくて、本物の男だ。この人にしたら良いじゃないか。
ダメもとで念を送ってみるが、章灯さんに鞍替えしてくれる子は誰一人として現れなかった。そういえばこの人はプライベートではそんなに『爽やか好青年』ではないんだった。そもそも、『爽やか好青年』が好きなら自分にチョコレートを持ってくるはずがないのだ。
開店と共に飲んだドリンク剤の効果は閉店間近になると切れ始めてきた。自分でもそれがはっきりとわかるほど、全身がだるい。
この手のドリンクは効いているうちは良いのだが、効果が切れるといつもの倍の疲労感が襲ってくる。
こういうものなのか、はたまた体質なのかはわからない。なので、こういう時以外は飲まないようにしている。常飲しているのは鉄分ドリンクぐらいである。
章灯さんに支えられ、何とか家に帰る。
自分の分の弁当を食べるとすぐに横になった。うとうととまどろみながら、やはりパートナーへのチョコレートは当日に渡した方が良いのだろうか、と考えた。それに、コガさんとオッさんの分はいつも通りだし、章灯さんだけ手作りだと知ったらまた面倒な事になるかもしれない。少しだけ寝て、後で渡すことにしよう。
仮眠から覚め、リビングへ行くと、章灯さんの姿はない。
何やら玄関で話し声がするので、コガさんとオッさんを見送っているのだろう。ソファに腰掛け、ふと考える。どうやって切り出そう、と。
考えているうちに章灯さんがリビングに戻ってきた。
話題はやはり今日の店での出来事から始まる。貰ったチョコを章灯さんにも手伝ってもらいたい旨を伝えると、たくさんは無理だと言う。チョコは苦手なのかと聞くと、好きだけど、そんなに量を食べるものでもないとも言われた。
また、ちくりと胸が痛んだ。
何だ、いまは何が原因だ?
何となく、手持ち無沙汰な感じと居心地の悪さを感じて、章灯さんが持っていた布巾を奪ってキッチンへ向かう。
何だろう、この感じは。
量が食べられないと言うなら、もし、先に誰かから貰っていれば、自分の分は食べられないかもしれない。
聞けば案の定、局の子から貰っているらしい。1つだけなら、まだ大丈夫だろうか。
何度か質問をされ、それを返す。相変わらず、心臓はざわざわと痛みを伴いながらせわしなく動いている。
手を動かしていれば、何となくそれが紛れる気がした。
しかし、布巾を洗い終えてしまうとすることがなくなってしまう。
章灯さんの質問に答えるには、手を動かしていないと、何か気を紛らわせていないといけないのに。
考えた末に、さんざん水に触れていたにも関わらず、自分の手を洗うことにした。
「アキの手作りだったらいくらでも食うよ」
その一言を聞いて安心した。
ホッとしたのとは裏腹に、一際大きく心臓が跳ねた。
いよいよ何らかの病気なんじゃないかと思う。
無事、渡せて良かった。さて、寝よう。
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