♭5 共同生活の始まり
彼は早朝の情報番組に出ているため、夜中のうちに家を出る。帰宅時間はまちまちで、早い日は5時ごろだが、遅くても8時前には帰ってくる。
それから、どうやら章灯さんは料理がまったく出来ないらしい。しかし、掃除や片付けは得意だというので、この家での役割は、自分が料理、章灯さんが掃除・片付けと明確に分けられた。
章灯さんは自分の料理をとても美味しそうにたくさん食べてくれた。コガさんやオッさんも美味しいと言ってくれるのだが彼ほどの量は食べられない。やはり年齢的なものなのかもしれない。
こんなに喜んで食べてくれるのなら、きちんと作ろう、と思った。
章灯さんとの食事は特に話題がなくても息が詰まらなかった。
彼は適当なバラエティー番組を流してはその話題に乗っかり、1人でも笑っているのである。アナウンサーのくせにニュースは見ないのかと思ったが、聞くほど気になるわけでもないので黙っていた。
1人の食事は気楽で良いが味気ない。
だから、一緒にいても疲れない人間というのはとても貴重だ。しかし、彼の方ではどうなんだろう。こんな不愛想で、何を考えているかわからないような人間と一緒に住んで、息が詰まらないのだろうか。尋ねてみたい気もするが、少し怖い。
ユニットの歌詞は章灯さんが書くことになった。
自分以外なら誰が書いても良いと思っていたので、彼が申し出てくれた時は、正直助かったと思った。
自分が所属するユニットというものが初めてなので、そういえば歌詞をしっかり見るのも初めてである。
章灯さんが一体どんな詞を書いてくるのか、大いに気になるところだ。彼は詞を書く前に、曲を聞いた印象を伝えてきた。思った以上に自分のイメージと一致していて度肝を抜かれた。
もうこの人になら任せてしまって大丈夫だろう。あれこれ言わなくても伝わっている、というのはかなり楽で良い。
2曲目もあっという間に出来てしまった。
我ながら、こんなハイペースは珍しいと思う。
それほどに章灯さんの声は魅力的だ。もっともっといろんな曲を歌ってほしい。間に合わせならカラオケでも何でも良いのだが、やはりどうせなら、自分の曲を歌ってほしい。
譜面が読めないらしいことをコガさんから聞いたので、仕方なく自分が歌ったものをテープに入れてリビングのテーブルの上に置いた。
自分の声は嫌いだ。特に歌っている声は。
いっそ、もっと低くて、男っぽい声だったら良かった。
自分が覚えている母の声は
その日は3時に店に顔を出す予定だった。
章灯さんも行ってみたいと言うので、仕方なく連れて行くことにしたが、気付くと家にいなかった。まぁ、時間に間に合うように戻って来てくれれば良いかと思い、部屋に戻ってギターを弾いた。
昼食の準備をしていると章灯さんから電話がかかってきた。
彼は自分が起きていることになぜか驚いていた。自分が作らないと食べるものはないというのに、なぜ驚いているのか理解に苦しむ。
店では、案の定、郁の顔を見て驚いていた。同じ顔だから無理もないだろう。
ここまで似ていると男女の双子と言うわけにもいかず、郁も男だということにする。郁はいつものことだから、笑って許してくれるだろう。しかし章灯さんの方ではかなりの衝撃だったらしく、椅子から転げ落ちるほど驚いていた。
テレビに出ている人間というのは、リアクションが大袈裟すぎると思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます